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エンドレスサマー
第4章 鬼畜の所業
 友達と別れ、家に続くただ一本の道。避けて通ることなどできない道。その道を塞ぐ白い魔物。でもその道を歩かなければ家にたどり着くことができない。
 治安が悪くない住宅街の住民は人を疑わない。白い車が止まっているのはいつものこと。そこで何が起こっているのかなんて誰も気にしない。私の妻がその車の中で体を触られているなんて、誰も想像しないのだ。だから平和な住宅街の住民は、窓から通りを窺うことはない。当たり前の風景は死角を生む。
 あと数十メートル、数十メートル歩きさえすれば家に入り、家の鍵をかけることができる。妻にはそれができなかった。妻を責める気持ちなどない。悪いのは妻を狙っていたロリコンだ。
 ロリコンは、どうすれば安全に獲物を支配するのかを知っている。挨拶をする、それはやがて簡単な会話に代わり、獲物の警戒心を解いていく。支配下に収めた獲物を今度は薄気味の悪い笑いで脅す。その笑いには「声を出すんじゃないぞ」「それからこのことは誰にも言うなよ」「誰かにしゃべったらただじゃすまないぞ」という音のない言葉が混ざっている。そして容赦なく獲物に投げかける。
 蛇に睨まれた蛙は往生際が良い。なぜなら己の悲しい運命を悟ったからだ。命乞いはすでに無意味だ、と。
 妻は自分に起きた出来事を両親に話さなかったと言っている。話さなかった、いや、話せなかったのだ。突然自分に降り注いできた災難を両親にどう話せばいいのか、妻にはわからなかった。話すことで両親を困らせることになりはしないか? か弱い子供はそう考えるのだ。
 両親に大切にされればされるほど、子供は話せない。大切にされている自分が、痴漢の餌食になっているなどとは、絶対に言えない。見知らぬ男から体を触られてるなんて口が裂けても言えないのだ。
 妻が五年生になった四月、白い車は止まっていたが、金曜日のロリコンの姿は消えたそうだ。白い車の新しい運転手は、妻の顔を見ても挨拶などしない。だから妻に話しかけることもなかった。
 ただ、妻の傷は生涯癒えることはない。今私に告白しても、妻は忌まわしい過去を忘れることなどおそらくできないだろう。
 願わくは、私が妻の傷のすべてを妻の代わりに背負いたい。私は妻の痛みを抱えて生きていく。傷ついた妻に生涯寄り添って生きていく。妻を自分の人生をかけて守り抜く。
 
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