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あの海の果てまでも
第1章 運命の舟
船中にいる間、大紋は船客の様々な人々と積極的に交流を結んでいた。
…日本人はもちろん、亜細亜人、南米人、西洋人…。
大紋の語学が達者なのは見知っていた。
けれど、まさか中国語や韓国語、フランス語、スペイン語まで操れるとは知らなかった。

特にこれから英国へ帰国したり、商売に渡る人々に、自分と弁護士の資格をさりげなく売り込んでいた。

「何の縁が幸いするか分からないからね。
これから倫敦で仕事も1から始めなくてはならないから、人脈は大事だよ」
元々社交家で陽気な性格の大紋は、この富裕層が大半を占める英国船籍の船内でもすぐに人気者になっていた。
言葉を交わす人々はあっという間に大紋に魅せられ、自分から親しくなりたがっていた。
『倫敦に着いたらぜひ、我が家に遊びに来てくれ。
妻や娘に紹介したい』
そう声を掛けられることも度々であった。

妙齢の娘を持つ家族で旅行中の紳士は、もっと露骨だった。
『Mr.ダイモン。
今夜のダンスパーティーでは娘と踊ってくれないかね?』

…暁と大紋の関係を知らない人々は、この如何にも育ちが良さげで美丈夫な聡明そうな男を婿に…と狙いをつけることにやぶさかではないようだった。


…アフタヌーンティーの同じテーブルに着いていた暁は、それらの会話に寂しげに長い睫毛を伏せた。

周りの人々は暁を大紋の歳下の友人だと思っているのだ。
上流階級の子弟が英国に遊学に出かけるのだと。

それも道理だろう。
誰も二人が恋人同士で、駆け落ちで渡英するなどと夢にも思ってはいない筈だ。

…別に構わない。
人がどう思おうと。
そんなこと、今までにもよくあった。
慣れていた。
暁はこれまで幾度となく自分を押し殺し、嘘の仮面を身に付けて生きてきたのだから…。

ふっと自嘲の微笑みを浮かべながら、胸に浮かぶのはひとりの強面の老人の姿だ。





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