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あの海の果てまでも
第1章 運命の舟
…この豪華客席の切符と暁の旅券を手配したのは縣商会の大番頭の玉木だ。
二人が駆け落ちしようとしているのに気づいた玉木は暁を連れ戻そうとした。
「坊ちゃん!何馬鹿なこつしゆうがですか!」
…けれど
「お願い!玉木。行かせてくれ。
僕は春馬さんを愛しているんだ。
僕は縣の家を捨てる!
兄さんにはもう顔向けが出来ない。
だから、僕のことは死んだと思って、このまま行かせてくれ!」
と泣き崩れられ、玉木は貌を歪めた。
…やがて歯を食いしばり、大紋を睨みつけるように見据え、言い放ったのだ。

「旅券や切符は儂が用意しますけん。
坊ちゃんに惨めな思いはさせたくなかですけんね。
…だから大紋さん。
あんたさん、坊ちゃんを二度と泣かせんでくださいね。
今度泣かせたら、儂はあんたを絶対に許さんけんね!」

元は荒くれ者の炭鉱夫で、修羅場を山ほど乗り越えたこの大番頭は、初めて人前で涙を流したのだ。


…十四歳で縣家に引き取られた暁を誰よりも可愛がってくれたのは大番頭の玉木だった。

『坊ちゃんは別嬪さんやのう。
加えて頭がええし、品もありなさる。
こりゃ礼也坊ちゃんに負けないくらい、上等な御曹司になられるに違いないき。
儂が保証しますけんね』
と、ともすれば妾の子という引け目から遠慮勝ちになりがちな暁を敢えて力強く賑やかに引き立ててくれた。

博多港を出港する際も闇に紛れ、船に乗り込んだ暁と大紋をそっと見送りに来てくれた。

『玉木!
ありがとう…玉木!』
甲板から泣きながら叫ぶ暁を、着流し姿で微動だにせず立ち尽くし、いつまでもいつまでも見送ってくれたのだ。

…玉木…どうしているかな。
兄さんにたくさん叱られたかな…。

…兄さん…。

大好きな兄、礼也のことを考えると、暁は未だに胸が張り裂けそうになる。


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