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あの海の果てまでも
第5章 秋桜の涙 〜暁礼也のモノローグ〜
暫しの沈黙ののち、礼也は静かに立ち上がった。
「…分かったよ。
ありがとう、生田」

生田は気遣わしげな眼差しで主人を見上げる。
「やはり、行かれるのですか?」

「ああ。
それが、私のできる唯一のことだからね」

…不意に、慌しいノックの音と同時に、まだ若い運転手の制服姿の男が現れた。
「失礼いたします!
す、すみません!
これから行かれるお屋敷はどちらですか?
地図で確認したいと思いまして…」
生真面目な純朴そうな貌に、並々ならぬ緊張感が漲っている。
この年若な青年は、先月新しく雇われたばかりの東北出身の運転手だった。

無作法を咎めようとする生田を礼也は穏やかに静止し、優しい微笑みと共に告げる。

「…飯倉の大紋邸だ。
大丈夫。そう遠くはない」

運転手は安堵したように息を吐く。
そうして
「ありがとうございます!」
無骨なお辞儀をしたのち、ばたばたと退室した。

「まだ教育が行き届きませんで、大変失礼いたしました」
深々と一礼をする生田に気にするなと、手を挙げる。

ふと、マントルピースに置かれた写真立てに眼を遣る。
…暁と自分が映っているこの記念写真は、彼が帝大を首席で卒業した際に、屋敷に写真技師を呼び撮られたものだ。
礼也に肩を抱かれた暁は、慎ましやかな白い花のように繊細な美貌に、はにかむような微笑みを浮かべている。
…暁のことを何もかも分かっていると思い込んでいた私は、傲慢だったのだ…。

「…絢子さんが許してくれるとは思わない。
けれどそれでも、私は彼女に会わねばならないのだ。
会って心から謝罪しなくてはならない。
それが兄としての最大の責任…いや、暁への愛の証しなのだ」

自分に宣言するように、毅然と言い放ったのだった。

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