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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
入学した教室の隣の席に、大紋雪子はいた。
きりりとした眉に意志の強さを示すきらきら輝く美しい瞳、鼻筋は西洋人のように高い。
矢羽模様の振袖に深緑色の袴の制服をなぜか着ずに、白いブラウスに葡萄色のボウタイ、グレーのジャンパースカート、丈の短いボレロ…といった洋装を通している。
美貌で聡明で明朗快活、学級長に選ばれるほど人望のある雪子…。
彼女はなぜか絢子によく話しかけてくれた。

「絢子さん、お裁縫上手ねえ」
絢子の手元には家庭科の課題のワンピースがあった。
「…そんな…全然だわ…」
人気者の雪子に褒められ、どきどきしてしまう。
「ううん。お上手よ。
私ね、お裁縫がてんでダメなの。
…ばあやに手伝ってもらおうとしたら、お母様が『自分でおやりなさい』て横槍入れてきてさ。
頭に来るわ、全く!」
上流階級の令嬢にあるまじき乱暴な物言いに呆気に取られつつも、可笑しくて思わず吹き出してしまう。

「…お手伝い…しましょうか?」
控えめに申し出ると、雪子はきらきらした瞳を見開いた。
「いいの?嬉しい!ありがとう!
お礼にフランス語の課題を教えてあげるわ。
私去年の夏にお兄様と一緒に欧州を廻ったの。
花の巴里はそれは素敵だったわ」

「…雪子様にはお兄様がいらっしゃるの…」
…いいな…と思う。
絢子には姉しか居らず、しかも既に嫁いでいるので事実上、一人っ子のようなものだ。

「ええ。大紋春馬というの。
まだ駆け出しだけど弁護士をしているのよ。
もっとも、お父様の事務所のイソ弁だけどね」
…揶揄うような口ぶりに愛情を感じる。
弁護士のお兄様か…。
弁護士にも知り合いがいない絢子には新鮮だ。

「そうだわ。今度、お兄様が出場する馬術大会があるの。
絢子さん、一緒に観にいきましょうよ。
お兄様を紹介するわ。
上手くいけば帝国ホテルでディナーを奢らせちゃう。
ね!そうしましょ!」

帝国ホテルのディナーにはそれほど惹かれはしなかったが、雪子の兄というひとに興味を持った。
絢子はまだ親戚や父に仕える秘書や書生以外の若い男性と出会ったことはない。
両親が絢子に若い男性を寄せ付けないようにしているせいだ。
両親に愛されているのは分かるが、その過保護さに息苦しさも感じていた。

…だから

「…ええ。では、お言葉に甘えて…」

密かに冒険をするような気持ちで、雪子の誘いに乗ったのだ。





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