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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
…競技中のことは、絢子は殆ど覚えていない。
ただひたすら息を殺して、春馬を見つめていたからだ。

大紋春馬は、まるで天翔けるペガサスに跨がったかのように軽々と馬を駆使し、次々とバーを飛んでいった。

大観衆の前、バー目前で止まってしまう馬が多い中、春馬の馬はまるで楽しげなギャロップかのように1メートルを超えた障害物を自然に超えてゆくのだ。
蹴り上げる土が、春馬の肩に降りかかる。
それすらも、天からの美しい恩寵のように見えた。

春馬は馬に殆ど鞭をくれることなく手綱だけで、操作していた。

直線コースでは対抗馬と拮抗した走りを見せ、鼻先ひとつで惜しくも2位となってしまったが、ゴールした春馬は、悔しげな様子もなく爽やかに破顔し、馬の首筋を優しく撫でていた。

「あ〜あ、残念!
お兄様ったら2位だわ」
雪子が悔しげにため息を吐き、兄に向かって手を振る。

春馬はそれに気付き、乗馬手袋を付けた手を挙げ、にっこりと笑った。

「やあ、雪子。
来ていたの」

…心地よいバリトンが秋風に乗ってふわりと絢子の鼓膜に触れる。

「…ああ…」
切ないため息のような声が漏れた。

…絢子は腑に落ちた。

この気持ちが、何であるのか。
漸く、分かったのだ。

絢子は胸元で白い両手を握りしめ、近づいてくる馬上の男を瞬きをするのも惜しいかのように見つめる。

…私…

…恋をしたのだわ…。

このひとに。
まだ、名前しか知らぬこのひとに。
恋をしたのだ。
初めての、恋をしたのだ。

それだけは、確信したのだった。











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