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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「はい。絢子さん」
白い乗馬手袋に包まれた大きな手に握られた菫色のリボンが、そっと差し出された。

「あ、ありがとうございます…」

受け取ろうとした時、雪子の声が飛んだ。
「お兄様、絢子さんのお髪に結んで差し上げて」

絢子はぎょっとして雪子を振り返る。
…雪子様は何をおっしゃっているのだろう。
「おリボン、結んで差し上げてよ。
お兄様」

流石に呆気に取られたように、春馬は凛々しい眉を上げる。

「お前が結んで差し上げなさい。
僕は婦女子の髪型のことなど、皆目分からないからね」

「私が不器用なの、お兄様はよくご存知でしょう?
自分のドレスのリボンも結べないのよ?
お兄様、やって」
傍らで大人しく待っている馬の鼻面を涼しい貌で撫でながら、雪子はそう言い放ったのだ。

絢子は漸く合点がいった。
…雪子様はわざとおっしゃっているのだわ。

絢子が春馬に興味を持った素振りを見せたので、わざわざ二人を接近させようとしているのだろう。
快活で茶目っ気に溢れた雪子らしい大胆な悪戯とも言えた。
そう気づいた瞬間、猛烈な羞恥が絢子を襲う。

絢子は必死で首を振った。
「あの…お気になさらないでくださいませ。
私、自分でいたします」
…乗馬倶楽部の控え室で身支度を整えよう。
そう思い、行きかけた時…

絢子の華奢な肩に、男の逞しい手が優しく置かれた。

「お待ちください。
わざわざ遠くに行かれるには及びませんよ。
これ以上、綺麗なお草履が泥に塗れるのは忍びない。
リボンをお貸しください。絢子さん」

「…え…?」

見上げる先の男の涼やかな瞳は、穏やかに微笑んでいた。

「ヘタでもご容赦くださいね。
何しろ馬の鬣を編むのもやっとな腕ですからね」

…なあ、マーキュリー?
春馬は馬を振り返り語りかける。
大会用にそのサラブレッドの鬣は美しく編まれていたのだ。

男の愛馬は嬉しげに一声だけ嘶いた。


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