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あの海の果てまでも
第1章 運命の舟
「待ってくれ、暁!」
大紋が慌てて暁を追いかけてくる。

暁は一等客室のプロムナードデッキを懸命に駆け抜ける。
優雅な午後の散歩や読書を楽しむ船客たちが驚いたように振り返るが、体裁など気にしてはいられなかった。

「知りません!もう…」

怒りではない。
その逆だ。
テーブルにいるすべての人々に、大紋は同性の暁を恋人だとはっきり紹介したのだ。
そんなこと、初めての経験だった。
かつて二人が恋人同士だった時、その関係は秘密だった。
家族にも誰にも知られないように、細心の注意を払い、行動していた。
…二人の関係を明らかにすることは、身の破滅を意味していたからだ。

だから…
礼也の母、縣男爵夫人に二人の関係を知られ、秘密の暴露を盾に脅されたとき、暁は大紋から身を引いたのだ。
大紋の将来のために。

…その彼が今、堂々と日本人もいるテーブルで、二人の関係を告白した。
大紋の口調に、迷いは微塵もなかった。

暁は居ても立っても居られずに、反射的にテーブルを立ち、ダイニングから飛び出したのだ。

驚きと、申し訳なさと…それらを遥かに勝る嬉しさと…。
すべてが渾然となった感情が胸の中から溢れ出し、泣き出しそうになったからだ。

「待って、暁!」

船の船頭で暁に追いついた大紋が、背後から強く抱き竦める。
「捕まえた」
長く逞しい腕に絡め取られ、暁は身動ぎも封じられた。
「…春馬さ…ひとが見ま…」
「…もう離さない…」
甘く優しい声は、潮風に柔らかく溶けていった…。


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