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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「…暁…ね」
春馬はゆっくりとティースプーンで砂糖壺からブラウンシュガーを掬った。

「ええ、そう。
風間夫人がお母様の女学校時代のご友人だそうで、ぜひご一緒に…と招待状をいただいているの。
…でも私くらいの若い方はあんまりいらっしゃらないみたいで気が進まないの。
暁様がいらっしゃるなら行こうかなあ…て考えてて。
確か暁様の先輩が風間様の御子息よね?
だからいらっしゃるんじゃないかなあ…て」

絢子は社交界にデビューしたばかりで、その界隈の成人男性の知人は殆どいない。
暁という名の青年ももちろん全く知らなかった。
「…暁様…?」
遠慮勝ちに雪子に尋ねると、弾んだ声が返ってきた。

「縣暁様!
縣男爵様の弟君よ。
暁男爵はお兄様と親友でね。
お兄様は昔、暁様の家庭教師をされていたの。
それがご縁で私もずうっと仲良くさせていただいているのだけれど…。
今は私の憧れの王子様よ!」
「お、王子様?」
「そう!
…ああ暁様、暁様!
貴方はなぜ暁様なの?」
雪子はシェイクスピアのロミオとジュリエットの有名な台詞を芝居がかった様子で誦じた。
その表情はうっとりと夢見るような甘い空気を纏っていた。

「…暁様はねえ、この世の方と思えないほどにお美しい方なの。
優美で繊細で…どことなく儚げで…。
お貌はまるで人形のように整っていらして、肌は透き通るように白くて、そのお眼は夜空の星のように煌めいていらして、口唇は桃の花のように可憐なの。
…私は何度お会いしてもその麗しいお貌に見惚れてしまうの…」

「…まあ…。
そんなにお美しい方がいらっしゃるのね…」
「ええ。
暁様の前に立つと、自分が如何に美しくないか思い知らされるの。
もう、恥ずかしくなってしまうくらいよ」
現代的で華やかな美人の雪子にそう言わしめるその青年に、絢子は興味を覚えた。
それから、まるで別人のようにしおらしくなっている雪子にも…。

「…雪子さん…それって…」

雪子は両手を組み合わせ、うっとりと遠い眼差しをした。

「ええ。絢子さん。
私、暁様に恋をしているのよ」

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