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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
遠ざかる春馬の車をいつまでも見送る絢子の背中に、書生の白戸のやや硬い声が掛けられた。

「お嬢様。
今の方はどなたですか?」

「…春馬様…大紋春馬様よ…」
うっとりとした声で、答える。
…春の馬…。
なんて爽やかで素敵なお名前なのかしら…。

「大紋様…。
確か、お嬢様のご親友の大紋雪子様の…?」
絢子の交友関係はすべて把握している白戸は察しが良い。

車が門扉の奥に消えたのを確認し、絢子は寂しげにため息を吐く。

「ええ、そう。
雪子様のお兄様よ。
弁護士をされているのですって」

「お嬢様を送って下さったのは有難いことですが…助手席にお乗せになるのは如何なものでしょうか。
万が一、事故に遭った時に大変危険ですし、貴族のご令嬢は助手席などにお座りになるものではありません」
「そうかしら…」
「そうですよ。
…大紋様は紳士で弁護士さんという知的で高尚なご職業に就かれていらっしゃるのに、少し非常識な気がいたします」

いつにない白戸の非難がましい言葉に、絢子は意外そうに振り返る。

やや神経質そうではあるが端正な貌が、少し憤っているような気がした。

「私は楽しかったわ…。
助手席なんて初めて…。
殿方と二人きりのお車も初めて…」
絢子は夢見心地の眼差しで白戸を見上げる。

白戸尊文は絢子が幼い頃からずっと父に仕えている書生だ。
西坊城家の執事の遠縁で、信州一秀才の少年を父は早くから目を掛け、屋敷に呼び寄せた。
何れ自分の秘書にしようと帝大に行かせ様々なことを教え込んでいた。

白戸は、学校を休みがちな絢子の家庭教師の役目も担っている。
だから使用人というよりも教師のような兄のような幼馴染みのような…絢子が唯一心を開いて臆せず話せる存在であった。

「…大紋様は立派な紳士とお見受けいたしますが…お嬢様とお二人きりというのは感心しません。
次回からは必ずこちらのお車でお帰り下さい」

「…分かったわ…」
お説教が長引きそうだったので、素直に頷き玄関に向かおうとした刹那、白戸が再び声を掛けた。

「…お嬢様。
お髪の形が違いますね…」





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