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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「お母様!お母様!」

居間の扉が開かれるのももどかしく、絢子は母を呼びながら駆け込んだ。

「あらまあ、絢子さん。お帰りなさい。
遅かったのねえ。心配しておりましたよ」

刺しかけのスウェーデン刺繍からゆっくりと貌を上げ、母・西坊城方子は微笑んだ。
銀鼠色のお召に品の良い束髪姿の方子は、どこから見ても気品溢れる貴族の夫人だ。

「…馬術大会はいかがでした?
楽しかった?」
娘を手招きしながら、方子は尋ねる。

「素晴らしかったわ。
本当に本当に素晴らしかったわ。
雪子様のお兄様の春馬様は2位におなりだったの。
それから、馬術倶楽部のカフェで春馬様と雪子様とお茶を頂いて…とても楽しかったわ」
珍しく息を弾ませ語る愛娘に、方子は優しく眼を細める。
「それは良かったわねえ」

「…それで…雪子様がまだ馬術倶楽部で御用があったので、春馬様にお車でおうちまで送っていただいたの」

「まあ!なんてこと。
まだ大紋様はいらっしゃるの?
すぐに晩餐にお誘いして…」
方子は慌て立ち上がる。
屋敷まで遠路送ってもらい、そのまま帰すなど余りに礼儀知らずだからだ。
…しかも、大紋春馬は社交界でも一二を争う人気の若い紳士で、魅力的な青年だ。
『どの青年に娘を嫁がせたいか』と言う夫人たちの話題の際には必ず名前が上がる好人物なのだ。

『大紋様は貴族ではないけれど、お家柄、ご財力、ご職業、知性、ご性格…それから何よりその男振りも申し分ないですもの』
…とてもハンサムでいらっしゃるわ…。
方子の友人は笑いながらそっと耳打ちしたものだ。

「もうお帰りになったわ。
…晩餐にお誘いしたのだけれど、この後お人に逢われるから…と」

「まあ、絢子さん。
貴女、ご自分からお誘いなさったの?」

方子は眼を見張り、この大人しく引っ込み思案の…けれど誰よりも溺愛している娘を見つめた。

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