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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
大吾は九州男子らしい質実剛健で真面目な良い入婿だ。
帝国大学を優秀な成績で卒業し、内務省に就職。
勤勉さと賢さ、義を重んじる律儀さで引き立てられ順調に出世し、大臣を歴任した。
美男子ではないが、誠実で穏やかで、方子にも娘たちにも優しい男だ。
真面目一本槍で浮気をしたこともない。
結婚以来、よそ見をしたことは一度もなく、方子をとても愛し、大切にしてくれているのはよく分かる。
今ではこの結婚は決して不幸ではなかったと方子は思う。
いや、むしろ幸せな結婚だったのだろうと。

大吾はやや斜陽気味だった西坊城子爵家を立派に立て直してくれた。
それは大吾の九州の実家の財力と、大吾の賢明な手腕と誠実な努力によるものだ。
そのことに方子は感謝している。

…けれど、時々思うのだ。
あの若く精悍な海軍士官と結ばれていたのなら、自分はどんなロマンスに満ちた人生を歩んでいたのだろうかと。

家族の猛反対に遭い、駆け落ちしていたのだろうか。
今のように贅沢な暮らしはできなかったかもしれない。
けれども慎ましくとも、初恋の男との結婚生活は如何に幸せなものだったのだろうかと。

きっと、胸が苦しくなるようなときめきに溢れた薔薇色の毎日だったのではなかったか…と。
…方子はついぞ、夫にときめくことはなかったからだ。


…だからこそ…。

方子は頬を美しい桜色に染めた愛娘の手をそっと取った。

「…承知しましたわ。
絢子さん。
ご一緒に夜会にまいりましょうね」


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