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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
…ワルツが始まる。
舞踏室のフロアは次第に華やかに着飾って踊る男女で溢れ出す。
ワルツは舞踏の華だからだ。
ことにホテルカザマの夜会は外国人の賓客が多いので、その光景は欧米の舞踏会のように洗練され、絢爛だ。

…けれど、その中でも春馬のダンスは群を抜いて巧みであった。
初心者の絢子を上手くサポートし、リードする。
緊張し硬くなっている絢子の身も心も解きほぐすように優しく微笑みかける。

「そんなに緊張なさらないでください。
ダンスはお好きに踊れば良いのですよ。
多少ステップを間違えてもどうと言うことはありません」
「…は、はい…」

…けれど、初心者の絢子はどうしても臆してしまう。
それに、恋する男に手を握られ腰を抱かれて踊ることなど初めての経験なのだ。
…春馬の森林のような清しいトワレが微かに薫る…。
ただでも胸が苦しく、息が止まってしまいそうなほどなのに…。

二人の傍らを暁と踊る雪子が見事な脚捌きで優雅にターンをして通り過ぎる。
ターンする度に、雪子の鮮やかな真紅のドレスがふわりと翻る。
暁もスマートに雪子をリードしてしなやかに踊っている。

美しい二人は周りの人々の羨望の的だ。
…それに対して、自分は…。

令嬢たちに人気の春馬には憧れの眼差しが投げかけられるが、自分には…。

『大紋様のお相手は…?
ああ、あの冴えない西坊城子爵家の末のお嬢様ね』
『どうして最初のワルツを絢子様が?』
『ワルツもお下手。大紋様には似つかわしくないお相手だわ』
…声に出さずともそんな嘲笑めいた心の声が突き刺さるように飛んで来る。

ぼんやりしたせいで、裾が靴に絡まり躓きそうになる。
「あ…っ!」
素早く春馬が抱き止め、絢子の貌を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
間近に見つめられ、羞恥心と劣等感が一遍に絢子を襲う。

絢子は踊るのを止めて俯いた。
「…もう…結構です…」
「え?」
「…これ以上踊っても…春馬様に恥をかかせてしまうだけですわ…」
「…絢子さん…」
俯いたまま、小さな声で続ける。
「…もう…充分です…。
やっぱり私にはワルツなんて無理だったのです…。
無理にお付き合い頂いて…ありがとうございました…」

…そうだわ。
最初から、春馬様は乗り気ではなかったのだ。
お母様が無理矢理お願いしたから…。
…だから…。

涙が溢れ、俯く絢子の真珠色のドレスを濡らした。


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