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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「…さあ、いらっしゃい。
足元にお気をつけて」

…手を引かれ、舞踏室の庭園側の硝子扉を潜り抜け、辿り着いたのは…。

「…ここ…」
ひんやりとした夜の冷気が頬を撫でる。

「バルコニーですよ。
ここなら誰も来ない。
…けれど…ほら、音楽は聴こえます。
灯りも…舞踏室からの灯りで充分に明るい。 
庭園のガス灯もある」

バルコニーはたっぷりとした広さで、ホテルの周りをぐるりと取り囲むように造られていた。
曲線を描くアール・ヌーヴォー様式の柱、大理石の床、ところどころに洋燈も置かれている。

「ここなら誰も来ません。
お気兼ねなく、ゆっくり踊れますよ。
二人だけのダンスホールです」
「…春馬様…」

薄明かりに照らされた春馬の貌は一段と雄々しく見える。
そうして、誰よりも優しく見えた。
 
「…さあ、お手を…」
男の大きな美しい手が、優雅に差し伸べられる。

…吸い寄せられるように、絢子は手を重ねた。

舞踏室から聴こえるワルツ曲が、変わった。

春馬はにっこりと笑った。
「…美しき青きドナウです。
私が大好きな曲ですよ」

絢子の腰が抱き寄せられる。
男の巧みなリードに、ステップも羽根が生えたように軽くなる。

…ああ、私はこの方を本当に愛している。

泣きたいほどの幸福の中、思う。

この方に愛されたのなら、その場で死んでも良いほどに…。

ターンを繰り返す度に、絢子の真珠色のドレスがふわりと舞う。

…春馬様…愛しています…愛しています…。

絢子は男の貌を見上げながら、心の中で呪文のように呟く。

「…そう。
とてもお上手ですよ」

爽やかに微笑む男は、絢子の胸の内をまだ知る由もない。





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