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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「…だからもう、私は恋をしないの。
春馬様への初恋で、私の恋はおしまい」
…始まりもしなかった恋だけれど…。
けれど、春馬様以上に恋しく思う方なんて、きっと居ない。もう出会えない…。
だから、良いのだ。

「…お嬢様…。
それではこれからお見合いなどをなさるのですか?…」

黙って聴いていた白戸が遠慮勝ちに口を開いた。

そもそも貴族の結婚は家同士の結びつきの縁談が大前提だ。
絢子の二人の姉たちもそうした縁談で嫁いでいった。
絢子の級友たちで既に婚約している者もいるが、それらも家同士で取り決めた縁談であり、婚約なのだ。

「私は結婚しないわ」
絢子は初めてきっぱりと言い切った。

「春馬様以外の方の元へ嫁ぐなんて考えられない。
愛せない方のところにお嫁に行くなんて、絶対に嫌…。
…それに…私はお姉様たちのように強くもないし、美しくもないし、賢くもないし、なんの取り柄もないし…。
…だから、この家にずっと居るしかないわ…」

口に出すと虚しくなる。
二人の姉たちは西坊城家より格上の大貴族の元に嫁いだ。
最初はその格差から苦労したようだが、才色兼備で勝気な姉たちはすぐに婚家の家風にも馴染み、姑や親族にも認められ、立派に後継ぎも産み、今では女主人として完璧に采配を奮っている。

『絢子さんはお嫁に行かないで父様と母様にずっと可愛がっていただきなさいな。
末っ子の特権だわ』
『そうよ。主婦は大変よ。特に格上の家に嫁いだら、やることなすことお義母様にずっと監視されて嫌味を言われて…やれお着物の柄が垢抜けないだの、やれ晩餐のメニューが安っぽいだの…。
私たちは何度悔し涙を飲んだことか…。
夫は嫁姑の争いに巻き込まれたくないから、見て見ぬふりだし。
…絢子さんには無理ね、きっと』

里帰りした姉たちが漏らした本音に、絢子は結婚に一切の希望を持てなくなっていたのだ…。

…お姉様たちのようにお美しくておつむも良くて社交的で器用でもそんな風に苦労するなんて…。
絢子は思う。

…私には到底無理だわ…。


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