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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
「おはようございます。ハルマさん、アキラさん。
今朝は随分冷えますね」
家政婦のミセス・マクレガーが柔かな笑顔と共にダイニングテーブルに朝食を運んで来た。

…こんがり焼けた薄いトーストにバター、ジャムとマーマレード。ベーコンエッグスと、薫り高いダージリンティー…と、いわゆる英国の典型的な朝食である。
けれど、ミセス・マクレガーはトーストの焼き方、卵の火の通し方、お茶の淹れ方、すべて完璧で美味しいのだ。

「おはようございます。ミセス・マクレガー。
本当に。まだ十月だと言うのにね。
ミセス・マクレガー。
神経痛は痛みませんか?」
広げていたタイムズ誌を丁寧に畳みながら、大紋は如才なく挨拶を返す。
出勤前なので、既に濃灰色のスーツ姿だ。
…大紋はまるでもう何年も倫敦に住んでいるビジネスマンかのように辺りの風景にもしっかりと馴染んでいる。

「お陰様で、まだ大丈夫ですわ。
アキラさん、倫敦の気候には慣れましたか?」
アキラのティーカップに熱いダージリンを注ぎながら、にこにこ尋ねる。
その様子は、まるで優しい祖母のようだ。

「…まだ…慣れません…。
…倫敦は雨が多いんですね。
朝は大抵霧が出ていて辺りが真っ白で…。
最初は驚きました」

ミセス・マクレガーはふっくらとした血色のよい頬に笑みを浮かべた。
「そうそう。倫敦は一年の大半は曇りですわ。
でも今日の午後は晴れますよ。
私の神経痛が痛みませんもの」

…ミセス・マクレガーは一階に住む家政婦兼管理人だ。
夫とはかなり昔に死に別れ、それから一人でこのテラスハウスの仕事を切り盛りしている。
歳の頃は六十前後だろうか。
藍色のドレスにブラウス、白いエプロンは常に清潔で皺ひとつない。
仕事はてきぱきこなすが、異国人の大紋と暁にも最初から偏見なく陽気に接してくれる。
常駐している英国人の家政婦…と聞いて、やや身構えていた暁は、初日にミセス・マクレガーに
「まあまあ、なんて綺麗な可愛らしい坊やかしら!
あら、ごめんなさい。
日本人の男性は本当に若く見えるのよねえ」
と、いたずらっぽく微笑まれ、ほっとしたものだ。



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