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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
…頭が酷く重い…。

子どものように、激しく泣きながら寝ついたからだろう。

絢子は天蓋に掛かる紗のカーテンを見つめながらため息を吐いた。

ゆっくりと壁の掛け時計を見る。
深夜の2時を回っていた。

…白戸に伴われ、号泣しながら帰宅した絢子を方子はおろおろしながら出迎えた。

訳を問う方子に
「…大紋様と極めてご親密なお方に街で偶然遭遇されまして…」
白戸は暈して答えた。

気を揉んで声を掛ける方子には答えず、啜り泣きながら寝台に潜り込んだ絢子を見て、西坊城子爵はきっぱりと告げた。
「そっとしておいてやりなさい。
今は一人にさせてあげるのだ」
と、心配し続ける妻を絢子から引き離した。

…自分が情けない。
絢子はため息を吐く。
好いた人に好かれないことはよくあることだ。
初恋は成就しないものと聞く。
仕方ない。
諦めなくてはならないのだ。

…けれど…

絢子は再び溢れ出る涙をレースのハンカチで拭う。

…やはり、諦められないわ…。
どうしても、どうしても諦められない。
春馬様が…春馬様が…好き…。
どうしようもないほどに、好き。

一頻り涙を流す。
ずきずきと締め付けるような頭痛が絶え間なく絢子を襲う。
その痛みに、もはや耐えられなかった。

…お薬…飲まなくちゃ…。

絢子は白く裾の長い夜着のまま、ふらふらと部屋を出た。

隣室の方子の居間のドアを開ける。
方子はもう寝室に引き上げたようだ。
中には誰も居ない。
仄明るい洋燈が燈っているきりだ。

そろそろと脚を踏み入れる。
そうして、洋箪笥の一番上の引き出しを開ける。

頭痛持ちで不眠症の方子のドイツ製の眠り薬の小瓶が仕舞ってあるのを、絢子は知っていた。

『ドイツ人のドクターに処方していただいたから、よく効くわ』
満足そうに家政婦に話していたのを聞いたことがあったのだ。

小瓶をもちだし、寝室に戻る。

水差しの水を硝子のコップに注ぐと、無雑作に中の錠剤をざらざらと取り出し、飲み下す。

…お母様もよく飲まれていたから、大丈夫よ…。

…とにかく…

絢子は再び寝台に横たわる。

…今は、静かに眠りたい…。

…悲しい夢も見ないくらいに、ぐっすりと…。

程なくして、絢子は薄暗い底なし沼に引き摺り込まれるかのように深い眠りの世界に堕ちて行ったのだった…。









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