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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「…まあまあ、大紋様のお優しいこと。
毎日欠かさずにお見舞いに来てくださるなんて…。
今日もお仕事のあとに来てくださるそうよ。
きちんとお知らせくださって、本当にご誠実で良い方ね。
…絢子さん、お髪どうなさる?
今日はアップになさる?」

寝台に上半身だけ起こしている絢子の髪を、方子は丁寧にブラッシングする。
はしゃいだような方子に少し戸惑いながらも、絢子は素直に頷く。

「…ええ…お母様」

方子はにっこりと笑い、絢子の頬を優しく撫でた。
「きっとお似合いよ。
…大紋様もきっと気に入ってくださるわ」


…誤って多量の眠り薬を飲んだ絢子が、ようやくはっきりと意識を取り戻した時、その枕元に大紋春馬はいた。
雄々しく端正な貌は、酷く憔悴していた。
絢子の手を握りしめ、春馬は安堵のため息を吐いた。
『…良かった…!絢子さん…!』

泣き崩れる方子と男泣きに涙を流す西坊城子爵をぼんやり見つめ、絢子はようやく気づいた。

…皆んな、私が眠り薬を飲んで死のうとしたと思っているのだわ…。

両親が涙ながらに春馬に礼を言っている様子から、自分が譫言で春馬の名を呼んだのだろうと、察することができた。

…それで、お優しい春馬様は駆けつけて下さったのだわ…。

恐縮する気持ちと…それを上回る嬉しい気持ちに心は満たされる。

あんなにお会いしたかった春馬様が、私の側にいてくださる。
私だけを見つめて、心配してくださる。

奇跡のような幸せだった。
そして、その幸せな時間は今も続いている。
…例え、それが偽りの幸せだとしても…。

絢子は方子を見上げ、しっかりと告げた。
「お母様…。
私、お化粧もしたいわ…。
春馬様に少しでも綺麗な私を見ていただきたいの…」

方子が眼を見張り、感激したように声を震わせる。
「…ええ…ええ、もちろんよ。
綺麗にお化粧しましょう。
新しいガウンもお召しになると良いわ。
大紋様はきっと絢子さんに見惚れておしまいになるわよ。
…お白粉と頬紅と…口紅は何色が良いかしら。
今、準備させますね」

急いで侍女を呼びにゆく方子の後ろ姿にそっと詫びる。

…お母様、ごめんなさい。
今だけ…あと少しだけ、絢子を偽りの幸せの中に居させてください…。

…あと少し…
もう少しだけ…。


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