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あの海の果てまでも
第6章 秋桜の涙 〜絢子の告白〜
「…絢子さん、タルトタタンはいかがですか?
神谷町の小さな洋菓子店のものなのですが、美味いと評判らしいのです。
ご一緒にいただきませんか?」

春馬は朗らかな笑顔で語りかける。
仕事帰りらしい堅実だが上質なスーツ姿だ。

春馬のお見舞いの品は、如何にも若い娘が喜びそうな洋菓子や果物、可愛らしい菫の花束などだ。
嬉しいけれど恐縮しない洒落たちょっとしたものだ。
しかも、絢子の好みにぴったり合うものだった。
さり気なく方子から聞いているのかもしれない。

タルトタタンは絢子の大好物だ。
いまだ食が細い絢子のために、一緒に食べようと誘い気を遣ってくれているのだろう。

「ありがとうございます。
いただきます」
申し訳ないと思いつつも、恋しい男の優しさに胸が震える。

メイドが窓辺のティーテーブルに手早くお茶とケーキの支度を整え、直ぐに退室する。
…なるべく絢子と二人きりにするようにと方子から言い遣わされているのだろう。

「…美味しいです」
タルトタタンを一口頬張り、絢子は眼を見張る。
バターと林檎の甘味がちょうど良いふんわり上品な味のタルトだった。

「それは良かった。
絢子さんに少しでも食欲が出て来たら、こんなに嬉しいことはありません」

優しい眼差しに見つめられ、絢子の罪悪感は益々つのる。
タルトタタンの皿に、透明な一粒の涙が落ちた。

「絢子さん?
お具合が悪いですか?」
心配気に声を掛ける春馬に首を振る。

…勇気を振り絞り、震える口唇を開く。

「…ごめんなさい…。春馬様…。
…私…私…」

…嘘なのです。
死のうとした訳ではないのです。
ただ、側に居て欲しくて…。

真実を告げようとした刹那、春馬が穏やかに語り始めた。

「…絢子さん。
謝らなくて良いのですよ。
…僕は絢子さんがこれほどまでに僕を好いて下さっていたことを知りませんでした。
本当に申し訳ないと思っています」

「いいえ…いいえ…」
絢子は首を振る。
…春馬様は悪くない。
自分が勝手に好きになったのだ。
勝手に恋をしたのだ。

絢子の震える白い小さな手に、暖かな大きな春馬の手がそっと重なる。

「…僕には愛する人がいます。
だから絢子さんの想いを叶えて差し上げることはできません。
…けれど、僕は絢子さんには誰よりも幸せになって欲しいと思っています。
その為ならば、僕は何でもいたします」




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