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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
ドアが閉まる音を聴き、暁は息を吐く。
「…ミセス・マクレガーの前でベタベタするのは良くないと思います」
口を尖らせ訴える暁を、大紋は可笑しそうに覗き込む。
「どうして?
ミセス・マクレガーは僕たちの仲を知っているし、男同士の恋愛に偏見を持ってはいないよ」
「…ミセスはそうだけれど…。
英国はフランスと違って、同性愛者に厳しいお国柄なんでしょう?
…現に作家のオスカーワイルドは同性愛の罪で投獄されました」

19世紀末、優れた児童文学や耽美的小説で有名なオスカーワイルドは貴族の子弟と交際し、そのことが侯爵である父親に露見し激怒され、罪に問われて投獄された。
彼の文学に親しんでいた暁の記憶にも、それは新しかった。
同性愛が法律に触れ、投獄されてしまうのだと、ぞっとした覚えがある。
日本はその辺りの法律すらないので、全く実感がなかったのだ。

「ワイルドの時代はもっとも同性愛者に厳しい時代だったからね。
それに彼は、どちらかと言うと未成年の貴族の子弟を誘惑したという罪に問われて投獄されたんだ。
…確かに英国はまだ恋愛に関しては極めて保守的なお国柄だ。
けれど、最近はそんな旧態依然な考えは馬鹿気ている、変えていかなくてはならないという運動が若者たちや博識者たちから起こっている。
英国もフランスのように自由に言動できるようになるのも時間の問題だと、僕は希望を持っている」

大紋の如何にも冷静で知的な言葉は、暁の気持ちを次第に落ち着かせていった。

「…そう…なんですね…」
ほっと息を吐く暁の白い頬を、大紋が優しく撫でる。

「うん。
だから、同性愛者に対してあからさまな偏見の眼を向けたり侮辱するような態度を取る人間の方が知性や教養がないと呆れられるんだ。
…それに…僕は結局は人対人の心の問題だと思っている。
相手ときちんと対峙して、真の自分を分かって貰おうと真実の言葉を尽くせば分かり合えないことはないんじゃないか…てね。
…まあ、楽観主義者かもしれないけれど…」

照れたように眉を上げる大紋に、暁は思わず笑みを溢す。
そうして、思い切り自分から抱きついた。

「…春馬さん。格好いいです」

…逞しいスーツの胸元からは、変わらない深い森の薄荷の薫りが漂う。
それは、暁の大好きな薫りだ。
別れても尚、忘れられなかった。
…ずっと、ずっと、大好きな薫りだった。





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