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あの海の果てまでも
第7章 秋桜の涙 〜新たなる夜明けへ〜
すぐに慌ただしい足音が聞こえ、執事の白戸が飛び込んできた。
「お嬢様!大丈夫ですか⁈」
この如何にも冷静沈着そうな端正な執事の貌が今は蒼白だ。
「…大丈夫…よ…。
…お産婆さんを…志麻さんを…呼んで…」
喘ぎ喘ぎ、絢子が懇願する。

「は、はい!お嬢様…どうかしっかりなさってください!」

「白戸。
産婆?医者じゃなくて良いのか?」
「はい。
大紋家に代々お仕えしている産婆がずっと奥様のお身体の経過も把握しております。
私が今呼びに…」
と、言いかけ白戸は息を呑んだ。

「…今、車を整備に出しておりました」

聞くが早いか礼也は立ち上がっていた。
「私が迎えに行こう。
産婆の住所はどこだ?」

「そんな…!
縣男爵様に運転手のようなことをさせるわけには…」

礼也は一喝する。
「こんな時に何を言っている。
絢子さんのご無事の出産が何より大事だ。
早く住所を」
「も、元麻布町です。
氷川神社裏で産院をやっています。
長谷川志麻という産婆です」

礼也は足早に部屋を出る。
「直ぐに連れてくる。
絢子さんを頼んだぞ」

「縣様!!」

礼也の背中に白戸の声が飛んだ。

振り返る礼也に、絢子を宝物のように恭しく大切に抱いたまま白戸が深々と頭を下げた。

「…これまでのご無礼を心からお詫び申し上げます。
どうか、よろしくお願いいたします」

…この執事は…

礼也は優しく頷いた。

「絢子さんは私の親友の奥様だ。
どんなことをしてでも、ご無事に出産していただくよ」

「縣様…!
ありがとうございます…!」
冷たいほど整った執事の貌に、感謝と安堵の色が滲む。

…この執事は、きっと絢子を愛しているのだろう。
絢子はもちろん知るよしもない。
ずっと誰にも気付かれることなく…。
けれど、ひたむきに、一途に…。

「行ってくる」

礼也はそのまま廊下を駆け抜け、大階段を一気に駆け降りた。




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