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あの海の果てまでも
第7章 秋桜の涙 〜新たなる夜明けへ〜
長谷川産院はすぐに見つかった。
こじんまりした日本家屋のこざっぱりした簡素な診療所だ。

出てきた小間使いに訳を話すと、奥から白い割烹着を着た束髪頭の六十絡みの女が悠々と現れた。
どうやら、この初老の女が長谷川志麻なる産婆らしい。

「どれどれ。
ああ、大紋の奥様、ようやく産気付かれたかね。
やれやれ。初産は遅れるもんだけれど本当にだいぶ経ったわいね」
ぐるぐると肩を回しながら世間話でもするような暢気な様子に礼也はじりじりと苛立つ。

「ご多忙中に大変申し訳ないが、早急に私と大紋家まで来ていただきたい」

それでも丁寧に話す礼也を志麻はちらりと見上げ、にやりと笑った。
「あんた、縣男爵様だね?
はあ〜!噂に違わぬ男前さんだ!
華族新聞で見る十倍は美男子だわ」
からからと笑う様子に礼也の凛々しい眉がぴくりと動く。
「そんな悠長なことを…」

「焦りなさんな。色男な男爵様。
絢子奥様は初産だろう?
今産気づかれても生まれるのは早くて明け方だよ」

「え⁈そんなにかかるのですか⁈」

志麻の声がぴりりと研ぎ澄まされた。
「男爵様。
出産は女の一大事だよ。
そんな簡単に犬猫みたいにぽろぽろと産めるもんかね。
死ぬか生きるかの大勝負なんだよ。
長丁場になるのは当たり前さね。
それは貴族の奥様だろうとドブ板長屋の女将さんだろうと平等なんだ」

礼也は自分の無知を恥じる。
そうして、猛然と頭を下げる。

「お願いします。
絢子さんには何が何でもご無事に出産していただかなくてはならないのです。
私の…私の弟と親友が彼女を傷つけたから…だから…」

…なんとしてでも、元気なお子を産んでいただきたいのだ…。

「縣男爵様。
大紋の旦那様を…春馬様を取り上げたのは、このあたしなんだよ」
…不意に志麻の声に優しみが帯びる。

「え?」
見上げる礼也の眼に、志麻の温かな笑みが映る。

「あたしは大紋家に代々仕える産婆だよ。
みくびってもらっちゃあ困るね。
春馬様と絢子様のお子は無事に取り上げて見せるさ。
そうじゃないとあたしの名が廃るからね」

あとには大きな笑い声だけが響いたのだった。




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