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あの海の果てまでも
第7章 秋桜の涙 〜新たなる夜明けへ〜
白戸は振り返り、微かに瞬きをした。

「…私…のことですか…?」
「ああ、聞かせてくれ。
どうせ今は我々男には何の出番もないのだ。
全く男はこんな時、無力な生き物だな。
けれど絢子さんのことが気になって寝付ける気はしない。
君もそうだろう?
夜は長い。
二人でここで徒然なるままに語り合いながら絢子さんのご出産を待とうじゃないか」

白戸は眼鏡の奥の瞳を細め、柔らかく微笑んだ。
それはこの如何にも沈着冷静な執事の素顔のように素朴なものだった。

「縣男爵様は随分と酔狂なお方ですね。
執事の私と夜語りして何が面白いのでしょうか。
…男爵様のように高貴な生まれではない平民の私の話しなど取るに足らないに決まっておりますのに…」

礼也は眉を跳ね上げ、両手を広げて見せた。

「男爵と言っても父親が軍需産業の功績で漸く稼ぎ出した爵位さ。
私の祖父は九州飯塚の炭鉱夫の家の生まれでね。
尋常小学校もろくに出ていない貧しい育ちだった。
それが身一つで炭鉱業を興した。
平仮名を読むのもやっとな祖父だったよ。
だから無学な成り上がりと陰で揶揄されていた。
けれど、私は祖父を尊敬している。
祖父は学はなかったが、誰よりも強く闘争心があり、誰よりも漢気のある魅力的な人間だった。
…私の身体にもその炭鉱夫の血が流れている。
私はそのことを誇りに思っているのだよ」




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