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あの海の果てまでも
第7章 秋桜の涙 〜新たなる夜明けへ〜
「…君はなぜ執事として大紋家に来たのだ?
噂では君は大変な秀才で、西坊城子爵の片腕になるべく書生をし、帝大に通っていたそうだね。
政治家秘書になるために修業を積んでいたそうではないか。
いずれは西坊城子爵の筆頭秘書官になると評判だったと聞いたよ」

眠気覚ましの珈琲を恭しく差し出す白戸に、縣男爵はざっくばらんに尋ねてきた。

白戸は一呼吸置いたのち、口を開いた。

「…すべてはお嬢様…絢子様の為です」

…そうだ。
自分は、その為だけに生きてきたのだ。

「絢子様のお幸せなご結婚を見守るためです」

縣男爵は凛々しい眉を、やや不思議そうに上げた。

「…君は絢子さんを慕っているのだろう?
君の表情を見れば一目瞭然だ。
それなのに、恋しいひとが他人の妻になり母になる様を見続けるのは、辛くはないのか?」
私なら耐えられないな…と、彼は呟いた。

白戸は薄く微笑んだ。

「…もう、そんな時期は遥か昔に通り過ぎました。
最初から、身分違いの恋でしたので…」

…恋か…。
口に出すと、そんな華やいだ想いが自分にもあったのだろうか…と改めて感慨深く思う。

…いや…。

白戸は天鵞絨のカーテンの奥、射干玉色の夜の闇を見つめる。

…そうだ…。
確かに、あれは恋だった…。

…遥か昔、胸の奥に閉じ込めて、鍵を掛けたけれど…。

…確かにあれは、恋だったのだ…。




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