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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
お茶の時間が済むと、暁は外出着に着替えた。
ブラシで丁寧に髪を梳かし、身嗜みを整える。
ラベンダー色のシャツにアメジスト色のリボンタイ、藍色のスーツ。
それらはメイフェアにあるサヴィル・ロウの老舗店で大紋に誂えてもらったものだ。
サヴィル・ロウ…日本の「背広」の語源になった名だたる紳士服のオーダーメイドの名店が軒を連ねる通りだった。
出来上がったスーツを着て鏡の前に立つ暁を、大紋は眩しげに眺めた。

『…まるでプリンスチャーミングだ…!
良く似合う』

イギリス人の店員の前で…と、暁は恥ずかしくて大紋を睨んだ。
大紋は少しも気にせず、情熱の眼差しで告げた。

『君は何処にいても、特別に美しいよ』

…気晴らしに、今日は少し遠出してみよう。
倫敦の地図は上着のポケットの中だ。
疲れたらタクシーを拾えばいい。
最近の倫敦は頻繁にタクシーが走っているとジェイムズから聞いた。
東京の何十倍、いや、何百倍何千倍も人が多く、歴史の街であり、商業の街であり、観光の街…でもあるからだ。

階下に降りると、縫い物をしていたミセス・マクレガーが眼鏡を外し笑い掛ける。

「あら。お出かけですの?ミスター・アガタ」
「はい。少し歩いてきます」
…そうして、ずっと気掛かりなことを、おずおずと尋ねた。

「…あの…。
僕に…手紙は来ていないですよね?
…日本…からなんですけれど…」

ミセス・マクレガーはあっさり首を振り、屈託なく答える。

「いいえ。来ていませんわ。
ミスター・アガタのニッポンのお友だちからかしら?」

暁は口元に笑いを浮かべ、否定する。
「いいえ。
…それならいいんです。
なんでもありません。
じゃあ、行ってきます」

玄関ポーチへの低い階段を降りる暁の背中に、朗らかな声が飛ぶ。

「最近は郵便が遅れがちですからね。
特に外国からのお手紙なら尚更だわ。
来たら必ずお声を掛けますよ。
ミスター・アガタ。
気をつけて、行ってらっしゃいませ」



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