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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
あの夜、暁はどうしても寝付けずに、おずおずと兄の書斎をノックした。
礼也は驚きもせずただにっこりと笑い、軽々と暁を抱き上げ、長椅子に座らせてくれた。
そうして、メイドや下僕の手を借りることなく、隣室で湯を沸かし自らお茶を淹れてくれたのだ。
『…美味しいかい?暁。
ゆっくり飲んで温まったら、ベッドに運んであげよう。
大丈夫。
お前が寝付くまでそばにいてあげるよ。
…だから、安心しなさい。
もう怖い夢は、見ない。
見たとしても私がいる。
私がお前を守る。
この世に怖いことなど、もう何もないのだよ。
…さあ、いい子だね。お茶をお飲み…』
礼也は知っていたのだ。
暁がよく怖い夢を見て魘されていたことを。
それを静かに受け止め、安心させ、ただ美味しいお茶を淹れてくれたのだ。
…髪を撫でてくれたその温かな大きな手も、よく覚えている。
兄の良い薫りのする、そのガウンも。
その端正な雄々しい貌に浮かんだ笑みも。
東方美人の甘く芳醇な香りの湯気の中、暁は啜り哭く。
「…兄さんは…僕を大事に育ててくれたのに…愛してくれたのに…。
…僕は兄さんを裏切ってしまった…。
お別れも言わないで…逃げ出すように…。
…ごめんなさい…兄さん…」
そこに、まるで礼也がいるかのように詫びる。
詫びたかったのだ。
けれど、それが出来なかった。
大紋の前では、話せなかった。
兄を思い、泣けなかった。
彼に、罪悪感を持たせたくなかったから。
子どものように泣きじゃくる暁の肩にそっと、朱の白く美しい手が置かれる。
「…暁さんは、お兄様を愛していらしたのですね」
礼也は驚きもせずただにっこりと笑い、軽々と暁を抱き上げ、長椅子に座らせてくれた。
そうして、メイドや下僕の手を借りることなく、隣室で湯を沸かし自らお茶を淹れてくれたのだ。
『…美味しいかい?暁。
ゆっくり飲んで温まったら、ベッドに運んであげよう。
大丈夫。
お前が寝付くまでそばにいてあげるよ。
…だから、安心しなさい。
もう怖い夢は、見ない。
見たとしても私がいる。
私がお前を守る。
この世に怖いことなど、もう何もないのだよ。
…さあ、いい子だね。お茶をお飲み…』
礼也は知っていたのだ。
暁がよく怖い夢を見て魘されていたことを。
それを静かに受け止め、安心させ、ただ美味しいお茶を淹れてくれたのだ。
…髪を撫でてくれたその温かな大きな手も、よく覚えている。
兄の良い薫りのする、そのガウンも。
その端正な雄々しい貌に浮かんだ笑みも。
東方美人の甘く芳醇な香りの湯気の中、暁は啜り哭く。
「…兄さんは…僕を大事に育ててくれたのに…愛してくれたのに…。
…僕は兄さんを裏切ってしまった…。
お別れも言わないで…逃げ出すように…。
…ごめんなさい…兄さん…」
そこに、まるで礼也がいるかのように詫びる。
詫びたかったのだ。
けれど、それが出来なかった。
大紋の前では、話せなかった。
兄を思い、泣けなかった。
彼に、罪悪感を持たせたくなかったから。
子どものように泣きじゃくる暁の肩にそっと、朱の白く美しい手が置かれる。
「…暁さんは、お兄様を愛していらしたのですね」