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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
「…兄は…僕の命を救ってくれました。
僕に生きることは素晴らしいのだと、この世の中には美しいもの、価値あるものに満ち溢れているのだと、教えてくれたのです。
…兄がいなければ、僕はここには存在していません」
語るほどに、礼也が恋しくなる。
…兄さん…!

「…そうですか…。
そんな素晴らしいお兄様がいらして、暁さんは幸せですね」
朱の手が、優しく暁の背中を摩る。

「…でも…もう兄さんは僕を見限ったかもしれません。
兄さんの貌に、泥を塗るようなことをしてしまったから…」
…だから、手紙の返事も来ないのだ…。
それを現実として受け止める勇気が、暁にはまだない。

「…そうでしょうか」
朱が静かに口を開いた。
「…貴方の命を救い、貴方に人生の素晴らしさを説いたお兄様が、そんな簡単に貴方に背を向けるでしょうか」

「…朱さん…」
驚いて眼を見張る暁の涙を、朱は茉莉花の薫りのする手巾でそっと拭ってくれた。

…そうして…

「…貴方がなぜ倫敦にいらしたのか、詳しい事情は存じません。
けれど、この街には貴方のような異邦人がたくさん居ます。
それはそれはたくさん…ね」

暁は瞬きをする。
意味がよく分からない。
「… 僕のような…?」

「ええ」
朱は冴え冴えとした眼差しで、ひたりと暁を見つめた。

「…その道ならぬ恋ゆえに、何もかも捨てて逃げてきた方です」



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