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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『…あんなこと、言っていたのに…』

十二歳になった浩藍を残し、菊乃は置き屋で働く若い色男の下足番と長崎に駆け落ちしてしまったのだ。

駆け落ちする前夜、菊乃は浩藍の手を握りしめ、子どものように泣きじゃくった。
『ごめんね、藍。
でもあたし、もうここにいるのは嫌なの。
このまま旦那様だけを待ち続けてお婆さんになって一生を終えるのは絶対に嫌。
あたしはね、もう一花ももう二花も咲かせたいんだよ。
だから許してね。藍』

元々、子どもがそのまま大人になったような無邪気さがある母だ。
悪気は全くないのだ。
ただ、自分の意に染まぬことは我慢が出来ないのだろう。
そんな母が浩藍は嫌いではなかった。

『…いいよ、マーマ。
僕は大丈夫。もう十二歳だし。
ここを出てマーマの好きに生きなよ。
幸せになりなよ』

浩藍は笑って菊乃の手を握り返した。

菊乃はぽろぽろ涙を流しながら、浩藍の白い頬を撫でた。
『ありがとね、藍。
…旦那様はあんたを悪いようにはしない筈だよ。
なんたって血を分けた息子だもの。
中国人は子は宝…って言って子どもをそりゃあ大切にするんだってさ。
だからあんたもきっと大切にして貰えるさ。
旦那様の言うことを良く聞いてね、良い子でいるんだよ。
そうしたら、あんたも必ず幸せになれるからね』

菊乃はそう自分にも言い聞かせるように浩藍に語りかけ、その夜、男と姿を消したのだった。



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