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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『陽当たりはとても良いよ。
庭園のすべてが見渡せるんだ。
…藍が気にいると良いけれど…』
南向きのぴかぴかに磨き上げられた窓を押し開きながら、佑炎は告げる。

次の間まで付いたその部屋は、まだ子どもの浩藍には贅沢な造りだった。
天蓋付きの寝台、ヴィクトリア朝のクラシカルな装飾の机に椅子、マントルピースは大理石だ。

横浜の家も他の日本人の家よりは段違いにハイカラで上等なものだったが、浩藍の部屋は質素な子ども部屋だった。
充分な手当は貰っていたはずだが、菊乃はすべて自分の着物や装飾品に使ってしまっていたのだろう。
たまさか貰う小遣いで、浩藍は本を買って貰った。

『へえ。本なんて買ってどうするのさ。
学者様にでもなる気かね?
ああ、おやめよ。そんな硬っ苦しい。
…あんたは飛び切り器量が良いんだから、もっと楽に稼げる方法があるさ』
…男の子でもね。
そう言って菊乃は、浩藍の艶やかな黒髪をわざと引っ張って薄く笑った。

『…充分です』
回想を断ち切るように、佑炎の側に歩み寄る。
佑炎は優しく浩藍の肩を抱いた。
温かな大きな手は、今まで誰にも感じたことのない不思議な安心感を浩藍に与えた。

『お腹が空いただろう?
今、昼食を用意させている。
…大丈夫。
お母様はもう現れないよ』

…佑炎の母親はここ最高級住宅街のフォッシュ区にある本宅ではなく、普段はヴィラが建ち並ぶ避暑地的なペタン区の別宅に一人気儘に住んでいるのだという。

『お母様とお父様はもうずっと一緒に暮らしてはいない。
ここはお父様の来客の西洋人が多く訪れるからね。
外国人嫌いなお母様にはここは鬼門なんだ。
だからあの庭園で二人だけで、食べよう。
…浩藍。
君の話を聴かせてくれ。
君のことをたくさん知りたいんだ』

佑炎は、どこか熱っぽい甘やかさが滲む眼差しで浩藍を見つめた。

『はい。兄さん』
浩藍は素直に頷く。
この青年が、一先ず、この家で自分を守ってくれることに密かに安堵しながら。






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