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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
昼食はすべて西洋料理だった。
正確に言うと、中華料理を西洋料理に上手くアレンジしたもの…例えば、オレンジソースを掛けた鴨ローストは北京ダックをアレンジしたものだった。

浩藍は昔から西洋式のテーブルマナーを身に付けるよう父親から言い渡されていたので、難なくこなせた。
そんな浩藍を佑炎は嬉しそうに見つめた。

…料理を給仕する下僕やメイドは皆、中国人なのに漢服の者は一人もいない。
皆、西洋の下僕やメイドが着るような制服を着ている。
しかも、その使用人たちに指示を送る佑炎の言葉は英語だ。

『ここには父の商談相手の欧米人が頻繁に来る。
彼らをもてなす茶会や晩餐会も度々開かれるんだ。
接待するのに下僕たちが言葉が判らないと困るからね』
そう言って笑った佑炎は、やはり父親とは雰囲気がまるで違う。
見た目は端正で品の良い中国人だが、振る舞いや所作やその表情は横浜で見かけた西洋人のそれだ。

…フランス租界にある中国人の屋敷。
とても不思議な世界だ。

白い麻の幌を掛けた広いパオの下、食卓テーブルで佑炎はまるで昔からずっと一緒に育ってきた兄のように何くれとなく親身に世話を焼いてくれた。
親切なひとなんだな…と、浩藍は感心した。

食事を摂りながら、佑炎は自身のさまざまな話を聞かせてくれた。
…本名は朱佑炎。
イングリッシュネームはユージン。
正式な名前は朱・ユージン・佑炎というのだそうだ。
歳は十八歳。
フランス租界にある中国人富裕層の子弟や、英国人、フランス人など欧州人の子弟が通う私学・ジャンヌダルクスクールに通っていていずれは英国の大学に留学する予定なのだそうだ。

…バイオリンは子どもの頃から習っていること。
さっき弾いていた曲はタイースの瞑想曲というものだということ。
いずれは世界中を演奏旅行で巡るようなバイオリニストになることが夢だ…ということ。

…そんなことを易しい北京語で丁寧に話してくれた。






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