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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『…藍。
次は君の話を聴きたいな』
デザートの杏仁の香りがするブラマンジェが出た頃、佑炎はにっこり笑って浩藍の貌を覗き込んだ。

『…僕の話…ですか…』
浩藍は思わず黙り込んだ。

…話すことが思い浮かばないのだ。
浩藍は、他人と会話したことがあまりない。
生まれてからずっと母親と二人きりの生活。
乳母や女中は居たが、彼女たちとは必要なことしか会話できなかった。
…どうやら必要以上に親しくなるなと父親からきつく言い渡されていたようだ。
家庭教師の帝大生は寡黙で、勉強以外の会話はなかった。
…別れの日に言葉を交わしたこと、バイオリンを聴かせてもらったことは異例の出来事だった。
学校に行っていないから、友だちもいない。
母親の菊乃とは、親子らしい話をしたこともない。
彼女は自分のことしか、話さなかった。
浩藍に関心がなかったのだ。

口を開かない浩藍に怪訝そうな貌をすることもなく、佑炎は尋ね始めた。

『歳は幾つ?』
『…十二歳です』
『学校に通ったことは?』
『…ありません…』
『来週から一緒に通おうね。
初等科にもう転校手続きをしてある。
…お父様は君の教育にとても熱心だね。
フランス語やダンスの家庭教師まで雇うそうだよ。
僕の時は家庭教師や執事に任せっぱなしだったのにね』
やや不思議そうに佑炎は首を傾げた。

『…学校に…行けるのですか?』
浩藍は思わず大きな眼を見張った。

『ああ、もちろん。
勉強もクラブ活動も…やりたいことは何でもやって構わないんだよ。
友だちもきっとすぐに出来る。
…藍はとても綺麗だから…皆んな君に夢中になるさ…』

佑炎はまた眩し気に浩藍を見つめ、やや困ったようにそっと眼を逸らした。



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