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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
ひんやり薄暗く、仄かに甘い薫り…上等な阿片の薫りが漂う書斎には父、永明のほか、ひとりの見知らぬ西洋人の紳士がいた。

…歳の頃は五十歳前後。
体格が良く大柄なその西洋人は、大層仕立ての良いスーツを着ていたが、どこか色悪に崩れた印象を与える雰囲気を漂わせていた。
その西洋人は、部屋に入ってきた浩藍に眼を遣ると、全身を舐め回すようにじっくりと見渡し、片頬で満足そうに笑みを浮かべた。

…その男と、その場の空気になんとはなしに淫蕩なものを感じ取った浩藍は無意識に佑炎の後ろに隠れた。
佑炎が浩藍を守るように立ちはだかる。

『お父様。
…お客様がいらしているのですか?』

永明がゆっくり椅子から立ち上がる。
『…ああ、そうだ。
こちらは、フランス租界の副領事のピエール・ド・ミラボー氏だ。
ミラボー氏は祖国では名門貴族、そして鉄道王として鳴らしておられる。
フランス租界にも多大なる利益を齎した敏腕のビジネスマンでもあられるのだ。
フランス租界にどの租界よりもいち早くインフラが整備され、赤十字病院が設立されたのはミラボー氏の功績なのだよ』

『堅苦しい説明は抜きだよ、monsieur朱。
私と君とはもう数年来の仲じゃないか』

ミラボーと紹介された男は可笑しそうに笑うと、そのまま浩藍の前まで無遠慮に近づき、接吻しそうな距離で凝視した。

『…これはこれは噂に違わぬ…いや、噂以上…想像以上だよ。
何という麗しい少年だ…!
…練絹のような白い肌…きめ細やかでまるで雪のように白く透き通っているな…。
この黒髪の美しさはどうだ…!
ああ…なんという馨しい薫りだろう…。
きらきらと輝く宝石のような瞳…可愛い鼻筋…。
…そして…可憐な花のように美しい口唇…!
東洋の真珠のような輝きの少年じゃないか…!
とてもこの世のものとは思えない…稀有な美しさだ…!』

興奮を抑えきれない、常軌を逸したような大賛辞の言葉を浩藍に浴びせ、男は永明を振り返った。

『ありがとう、monsieur朱。
私のために長年丹精を込めて麗しくも貴重な生きる奇跡の薔薇を育て上げてくれて』

男は嬉しくて堪らないかのように、声高に笑い出したのだ。


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