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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
車のドアが密やかにノックされ、微かな声が聞こえた。

『…佑炎様…。
お出になって大丈夫です』

張の声だ。

『…行こう。藍…』
佑炎の端正な貌が引き締まる。
浩藍は黙って頷き、兄の手をぎゅっと握りしめた。

ドアを開け、車外に出る。
…辺りは漆黒の闇に包まれていた。
街灯は遠くの波止場の電柱に小さくあるだけだ。
潮の香りが強い。
目と鼻の先が海なのだ。

張が二人の前に立ち先導をする。
辺りを伺いながら小声で告げる。

『船長とは話を付けてあります。
さあ、このままあの船に乗り込まれて下さい。
船長が入り口で待っています』

…張が貨物船を指差した瞬間、強いカンテラの灯りが唐突に三人を照らし出した。

『…張。
私は裏切り者を執事に持った覚えはないのだがね…』

低い無機質な声。
カンテラの灯りは、声の主をも無遠慮に照らす。

『旦那様!』
『…お父様…!』
叫んだのは同時だった。
佑炎は、咄嗟に浩藍を背後に隠す。

『佑炎。
お前は大事な惣領息子だ。
お前に手荒な真似はしたくはない。
大人しく浩藍を渡すのだ。
ミラボーがあそこで監視をしているのだよ』

永明が顎で指し示す先には、黒塗りのメルセデス。
車内に座る好色そうなフランス人が、にやりと笑う。

『いいえ、お父様。
私は浩藍を渡しません。
私たちは愛し合っているのです。
どうかこのまま私たちを見逃して下さい』

佑炎の言葉に、永明は不快そうに眉を顰めた。
『気色の悪い。
お前まで西洋人の悪しき風習に染まったのか。
この淫売に取り込まれたか。
…英国へはお前一人で行け。
そして暫く頭を冷やすが良い。
浩藍はこのままあのフランス人に引き渡す。
これには大金が支払われているのだよ。
…さあ、来るのだ』
永明が浩藍の手首を掴み、引き摺るように歩き出す。

佑炎はその行手を阻み、怒りに満ちた声で言い放つ。
『お父様。
浩藍に手を出すならば、私も容赦はしません。
例え、お父様だとしても!』
漢服の合わせから拳銃を取り出し、永明に向ける。

『佑炎…!
馬鹿なことを!』
永明が唸る。
『兄さん!やめて…!』
浩藍が叫んだ。

『浩藍を渡して下さい。
さもなければ、貴方を撃ちます』
銃口は永明の胸元に突きつけられている。
佑炎の端正な貌には、鬼気迫る表情が浮かんでいた。

『私は本気だ』










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