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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『藍!危ない!』

凄まじい銃声が耳を劈くように鳴り響く。
硝煙の匂いが辺りに立ち込める。
…そして、なぜか血の匂い…。

浩藍は無意識に閉じていた瞼を、恐々開いた。

…佑炎が盾となり、浩藍を庇うように抱き竦めていた。
その身体が、ゆっくりと力なく崩れ落ちる。

『兄さん⁈』

慌てて抱き起こし、膝の上に抱え上げる。
ぐったりとした兄は、その薄い瞼を閉じていた。

…佑炎の漢服が、みるみる間に真紅の血で染まる。

『…兄さ…ん…?』
まさか…兄さん!
茫然としながら、必死で兄を抱きしめ、揺さぶる。

『兄さん!兄さん!しっかりして!』

浩藍の悲鳴を聞きつけた張が駆け寄る。

『坊っちゃま!佑炎坊っちゃま!』

漢服の胸元から流れる夥しい血…。
佑炎の端正な貌は、血の気を失っていた。

張はそのまま覚悟を決めたかのように、ゆっくりと立ち上がった。

傍らのミラボーは、まるで木偶の坊のように棒立ちになり、うすら笑いを浮かべていた。

『…ああ?何が悪い。
私のものを横取りしようとするからだ。
…フン!中国人風情が!
我々、神に選ばれし優秀なアーリア人に勝てるとでも思っているのか?』

張が無言で胸元から拳銃を取り出し、躊躇なくミラボーを撃った。

闇を劈く銃声の音は、一発。
ミラボーは小さく呻き声を上げたのみで、丸太が転がるように後ろに倒れた。

駆けつけた永明が倒れている佑炎、そしてミラボーを見て叫ぶ。

『佑炎!佑炎!なぜだ!!
…張!お前は…』

張は永明の前に土下座をする。

『旦那様が手を下す訳にはまいりません。
坊っちゃまの仇は私が討ちました。
旦那様は無関係です。
…私は今日を限りに朱家の執事を辞します。
無関係の一中国人が殺めたのです。
朱家は関係ありません』

『…どいつも…こいつも…馬鹿なことを…!』
永明は声を詰まらせ、肩を震わせた。

浩藍はひたすら兄の名を呼ぶ。
兄さん!兄さん!

『…兄さん!兄さん!
しっかりして!死なないで!』
腕の中の佑炎に必死で呼びかける。

…と、まつ毛が微かに震え、佑炎がゆっくりと眼を開いた。

『兄さん!兄さん!』
浩藍は泣きながら声をかける。

佑炎は蒼白な貌で、そっと微笑んだ。

『…ああ…良かった…藍が無事で…』








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