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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『兄さん…!死なないで…お願い…死なないで…』

…初めて浩藍のまるごとを認め、受け入れ、愛してくれたひと。
兄であり、誰よりも愛おしいひと。
このひとを、喪うのか…喪ってしまうのか?
恐ろしいまでの絶望感がひたひたと浩藍に忍び寄る。

佑炎は優しく微笑んだ。
『…本当は…お前と倫敦に行きたかった…。
…でも、いい…。
これでお前をやっと自由にしてやれる…。
良かったね…藍…』

その瞳はもはや彼岸の向こうのものだ。
達観した慈愛のみが、そこにはあった。

『兄さん!
兄さんと一緒じゃなきゃいやだよ!死なないで!
兄さん!』

弱々しく震える手が、浩藍の手を掴む。

『いい?藍…。
お前は英国に行け…必ず行け…。
倫敦には僕の友人が待っている…彼を頼れ…。
彼の名前は…アルフレッド・ジュード・ロレンス…。
とぼけた風変わりなやつだけれど…金髪碧眼のいい男だ…。
…ちょっと…妬けるな…』
端正な貌が苦笑気味に綻ぶ。

『兄さん…喋らないで…。
兄さんがいい…兄さんじゃなきゃ、いやだ…いやだよ…。
…愛してる…愛してる…兄さん…』
流れ落ちる透明な涙が、膝に抱かれた佑炎の頬を濡らす。

『…愛していると言ってくれるの…藍…。
ありがとう…藍…。
お前に会えて…幸せだった…。
…あの日…中庭に現れたお前は…まるで薔薇の化身のように美しくて…けれど、とても寂しそうで…。
その瞬間思ったんだ…。
…この子を…幸せにしたい…て…』

…だから…英国に行け…約束してくれ…。
震えるひんやりとした小指が絡まる。

浩藍は泣きながら頷く。
『…行くよ…行くから…死なないで…ひとりにしないで…』
佑炎の手が浩藍の頬に触れる。
『…キスしてくれ…藍…』
浩藍は素早く佑炎にくちづけを与える。
冷たい口唇は、佑炎の生命の焔があと僅かなことを物語っているようだ。

『…あいして…る…藍…。
…必ず…幸せに…なって…』

吐息混じりのその愛の言葉と、微かな優しい微笑みを残し、佑炎はそっと…永遠に瞼を閉じたのだった。







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