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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
業を煮やした貨物船の船長がタラップを駆け降り、走り寄る。
赤銅色に日焼けした如何にも海の男と言った頑強そうな体躯をした中年男だ。

『早くしろ。
あんたら随分キナ臭いことしたらしいな。
あの白人野郎の手下があっちで騒ぎ出しているぞ。
上から見えた。
…間もなく警察がやってくるぜ。
その前にこの綺麗な坊やは船に乗らなきゃならねえよ』
言うが早いか、船長は軽々と浩藍を肩に抱き上げた。

『嫌だ!嫌だよ!
行かない!行かない!』

暴れる浩藍に、船長が一喝する。
『大人しくしな。落ちるぜ。
坊やはここに居たらヤバいんだ。
とっととズラかるぜ』

『このお方をよろしくお願いします。菻船長。 
必ず無事に英国までお連れください』
張が律儀に頭を下げる。

『…待て…』

今まで茫然自失の様子で立ち竦んでいた永明が歩み寄る。

息を呑む浩藍の貌をじっと見つめる。
やがて視線を逸らし、懐から取り出した分厚い上等な革財布ごと、菻船長に押し付けた。

『持ってゆけ。
…この子の乗船賃だ』
菻船長はじろりと見返す。
『…もう貰ってあるぜ』
『では、英国までの安全の保証金だ。
…必ず無事に届けてくれ』

浩藍は思わず眼を見張った。
『…お父様…』

永明はしかし、もう浩藍を見ることはなく背を向けた。

『早く行け。
ミラボーの手先がやって来る』
言い捨てると、永明は張より佑炎を抱き取り、足早に歩き出した。

『浩藍様。
どうぞお元気で』
張は一度だけ深々と頭を下げると、そのままミラボーの手下たちの方へと猛然と走り出した。

『張さん!張さん!』
菻船長が素早く浩藍の貌を布で覆う。
そうして、意外なほどに優しい声で告げた。
『坊やは見ねえ方がいい。
…張は忠義を尽くす立派な男だった。
さあ、船に乗るぞ。
あんたが行るべき場所はここじゃない。
…英国だ』

菻船長に背負われ、揺れるタラップを駆け上がる。

…暗闇の中、弾けるような銃声が激しく、何度も鳴り響いた。



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