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DOLL
第2章 お市の場合―戦国の夢―
「市、お前が俺の部屋に来るなど、珍しいことだな。」

お市が座ってから、随分沈黙の時が流れてからだった。

「そうでございますか?」

「十年ぶりぐらいか?」

「まぁ。」
お市は少し驚いた声をあげて、

「そうでしたか。」

と、静かに答えた。


「おい。お前は下がれ。」

兄は小姓の方をチラッと見て言った。
お市は、自分の胸がドキンと大きく脈打つのを感じた。

「はっ。」

小姓は平服して部屋を出て行った。

兄は無言で杯を重ねている。
兄の杯が空くたびに、お市は酌をした。

お市は、どんどん早くなっていく自分の鼓動に戸惑っていた。

(どうしよう…お兄様にこの鼓動が聞こえてしまったら…)

「市。どうした?手が震えておるぞ。」

「えっ?」

あまりの緊張から、酌をするお市の手は小刻みに震えていた。
驚きの声をあげたお市に、

「気づいていなかったのか?」

と、顔を除きこむようにして聞いてきた。

「…はい…」

答えたお市の声は、殆ど消えてしまいそうだった。


突然、兄は徳利を持つ私の手をぎゅっと握り、

「市。お前がここに来た目的を当ててやろうか?」

と言った。

「えっ…?!」

狼狽えたお市は、思わず手に持った徳利を落としてしまった。

「あっ!申し訳ありません!」

徳利は床にゴトッと音を立てて落ち、こぼれた酒が兄の着物を濡らしてしまった。
お市は、懐から紙を取り出し、急いで濡れた着物を拭こうとした。
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