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ジャスミンの花は夜開く
第6章 誘惑
結局、大家の買い物に付き合わされる形でスーパーを出た。
アパートまでの道すがらも何ともなしに語り掛けられたが、茉莉花の耳にはその内容のほとんどが入っていなかった。
いきなり大家の部屋に上がって彼女のふりをさせられる。
『どうすればいいんだろう…』と自分に問うてみるものの、もちろん答えは出てこない。
そうこうしているうちにアパートに辿り着いた。


「楠さん、今から彼女のふりをしてもらう。とりあえず儂の言うことに適当に相槌を打って、にこやかでいるんじゃ。いいな」と、茉莉花を見ずに前を向いたまま言った。
「えっ?は…はい」


大家の視線を追うと、スーツ姿にアタッシュケースを持った20代後半と思しき男性が、コーポ弥生の大家の部屋の前に立っていた。
きっとあの男が投資話を持ちかけている営業マンなのだろう。
大家と茉莉花の二人連れに気づいた営業マンが、にこやかに駆け寄ってきた。


「杉野さん!こんにちは!話を聞いてくださると言うので、飛んできました!」
「そうしたところじゃが…。この子が一緒じゃからの」
「あれっ?姪っ子さんですか?」
「まあ、そう見えても仕方あるまい。年の差はそんなものじゃろうて」
「えっ?姪っ子さんじゃないんですか?」
「恥ずかしい話じゃが、彼女なんじゃよ」


営業マンが驚愕の眼差しで茉莉花を見つめた。


「茉莉花と言うんじゃ。まあいろいろあって出会ったわけじゃ」
「マリカさん…ですか?」


茉莉花はただ黙って頷くしかできなかった。


「杉野さんも隅に置けませんね〜!こんな若い子を彼女にできるなんて!」
「まあ、ここじゃなんだから、部屋へ入るとしようかの。なっ、茉莉花」
「そ…そうですね…」


その受け答えが最大限だった。
ぎこちなさはあっただろう。
ニセ彼女を演じさせられているのだから。
しかし営業マンに疑っている様子はない。
大家は二人を部屋に招き入れた。


初めて入った大家の部屋。
もちろん茉莉花の部屋と同じ作りだが、物が多い分狭く見えた。
ダイニングに置かれた椅子に座ったものの、当然居心地が悪い。
営業マンはすぐにお金の話をしたいように見えたが、やはり茉莉花がいるからか、雑談ばかりしている。
やがて大家が言った。


「あんたには悪いがな、あの電話のすぐ後で茉莉花から『会いたいから行っていい?』って連絡があってのぉ」
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