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ジャスミンの花は夜開く
第12章 困惑
これからもこのような大家と壁一枚隔てて暮らさなければならないのかと思うと、茉莉花はやるせない思いでいっぱいになった。
部屋にいるのに居場所を感じず、部屋着からジャージーに着替えて外へ出た。
気分転換を図らなければ滅入りそうだった。
大家の部屋からは煮物のような匂いが漂っている。


ただ、その方を見たくはなかった。
もし、大家と視線が合ってしまったら…。
そう考えると、身体は路地の先に向いていた。


そのまま一人でバルで飲んだ。
しこたま飲んでしまった。
フラフラしながら路地を歩き帰宅する。
乱暴に鍵を開け、部屋に戻る茉莉花。
ダイニングのテーブルの上には大家に切ってもらった大根が新聞紙に包まれたまま放置されている。
酒で忘れかけていたはずの、あの交わりがまた思い出された。


「あー、もう!捨てちゃえば良かった!」


そう言いつつも、冷蔵庫の野菜室に放り投げる。
バルでは数人の男から声を掛けられた。
あんなことさえなければきっと楽しく会話しながら飲むこともできただろう。
しかし、大家というケダモノに抱かれた後だったので、男という男が穢らわしく感じずにはいられなかった。


『どうせセックスしようとしか思ってないんでしょ?』と心でつぶやきつつ、「今日はひとりで飲みたいので、ごめんなさい」と軽くあしらった。
女性ばかりのグループもいたが、そこに茉莉花から入り込むことはできなかった。
「上京したてで友達が欲しいんですけど」と声を掛ける勇気はなかった。
結果、あれこれと考えながら飲んでしまったので、気が付いたときには足に来ていた。


その夜、茉莉花はまた夢を見た。
まるで昨日の夢の続きを見ているようだった。
脂汗が滲んで来る。
色香を含んだ女の声がどこからともなく聞こえて来る。
茉莉花はたまらず目を覚ました。
吐く息がアルコール臭い。


「お水飲まなきゃ」


するとどうだろう。
夢だと思っていたはずが、起きても声が聞こえる。
あの男の声だ。
そして、昨日夢で聞いた女の声だ。
右隣の部屋から…、そう大家の側から。
ふと右側の壁に目をやると、壁から光が漏れている。


「な、何?…穴?」


テレビのケーブルが通るほどの穴がファンシーケースのあった場所の下の隅っこに空いており、ドアスコープがハマっている。
畳から上15cmほど。
コンセントとガス栓の隣に開いていた。
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