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ジャスミンの花は夜開く
第2章 入居

「それもな、楠さんが部屋にいる時でいいんじゃ。儂のところにセールスが来たら、儂がトイレに入って壁を叩く。それを合図にこっちの部屋に顔を出してくれんか」
「は、はい…。わかりました」
「古いアパートじゃから壁もマンションほど厚くない。本来ならそれはマイナスじゃが、今回に限ってはプラスになったの。がはははは!」
大家はそう言って笑った。
その5日後、茉莉花は東京の人間になった。
実家に帰って全ての用意を整え、またこのコーポ弥生に戻って来た。
最低限の家財道具と衣類、そして生活雑貨。
テレビもなければ家具もない。
が、翌日には通販で購入した家電と家具が届く。
茉莉花が一番の荷物として抱えて来たものは手土産だった。
合計5軒の隣人への引っ越しの挨拶のための。
大家は「そんなことしなくていい」と言ってくれたが、しっかり受け取った。
「ほう、初めて見るお菓子じゃな。コーヒーと一緒に楽しむかの。楠さんも一緒にどうじゃ?」
そう誘われたが、転入届けなどのペーパーワークが待っている。
丁重に断ってから区役所へ向かおうと思ったが、その前にアパートの住民全員に会って挨拶をし、「お近づきの印に」と手土産を渡そうとした。
しかし、2階の住民は留守にしているようだった。
平日の昼間である。
当然と言えば当然か。
茉莉花は明日、出直すことにした。
唯一、大家と逆の隣の103号室からは返答があった。
夜の仕事でもしているのだろうか。
いかにも「このノックで起こされたけど」という表情の女が出てきた。
茉莉花は恐縮しながらも「隣の102号室に引っ越してきました。楠です」と挨拶をすると、上から下までを舐めるように見られ「ふーん、あんたが新顔なんだ」と言われた。
「あんたは長続きするかしら?」
「えっ?」
すれっからっしのホステス風情の女の言葉の意味を、茉莉花はまだ理解するはずがない。
区役所へ出かけ、近所のファストフード店で食事を済ませたら、もう陽が暮れていた。
疲れた実感はなかったが、若い茉莉花でも初めての引っ越しは知らず知らずのうちに疲労となっていたようだった。
コーポ弥生に戻り手短にシャワーを済ませ、圧縮袋から引っ張り出した布団を敷いて横になると、すぐに眠りに落ちてしまった。
その夜、茉莉花は夢を…見た。
今まで見たことのない夢を…。
「は、はい…。わかりました」
「古いアパートじゃから壁もマンションほど厚くない。本来ならそれはマイナスじゃが、今回に限ってはプラスになったの。がはははは!」
大家はそう言って笑った。
その5日後、茉莉花は東京の人間になった。
実家に帰って全ての用意を整え、またこのコーポ弥生に戻って来た。
最低限の家財道具と衣類、そして生活雑貨。
テレビもなければ家具もない。
が、翌日には通販で購入した家電と家具が届く。
茉莉花が一番の荷物として抱えて来たものは手土産だった。
合計5軒の隣人への引っ越しの挨拶のための。
大家は「そんなことしなくていい」と言ってくれたが、しっかり受け取った。
「ほう、初めて見るお菓子じゃな。コーヒーと一緒に楽しむかの。楠さんも一緒にどうじゃ?」
そう誘われたが、転入届けなどのペーパーワークが待っている。
丁重に断ってから区役所へ向かおうと思ったが、その前にアパートの住民全員に会って挨拶をし、「お近づきの印に」と手土産を渡そうとした。
しかし、2階の住民は留守にしているようだった。
平日の昼間である。
当然と言えば当然か。
茉莉花は明日、出直すことにした。
唯一、大家と逆の隣の103号室からは返答があった。
夜の仕事でもしているのだろうか。
いかにも「このノックで起こされたけど」という表情の女が出てきた。
茉莉花は恐縮しながらも「隣の102号室に引っ越してきました。楠です」と挨拶をすると、上から下までを舐めるように見られ「ふーん、あんたが新顔なんだ」と言われた。
「あんたは長続きするかしら?」
「えっ?」
すれっからっしのホステス風情の女の言葉の意味を、茉莉花はまだ理解するはずがない。
区役所へ出かけ、近所のファストフード店で食事を済ませたら、もう陽が暮れていた。
疲れた実感はなかったが、若い茉莉花でも初めての引っ越しは知らず知らずのうちに疲労となっていたようだった。
コーポ弥生に戻り手短にシャワーを済ませ、圧縮袋から引っ張り出した布団を敷いて横になると、すぐに眠りに落ちてしまった。
その夜、茉莉花は夢を…見た。
今まで見たことのない夢を…。

