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体育倉庫の狂宴~堕落する英語教師~
第16章 16
「先生もこれからは自分のことを、名前で呼んでね……?」

(え――??)

その条件を理解するには、少々の時間が必要でその間、涼子はしばし沈黙した。

しかし、やがてその条件を理解して涼子は、その実行の困難の度合いに呆然として、結局のところ長く沈黙した。

               ☆☆☆☆☆

涼子が中学生または高校生の頃の同級生には、自分のことを“三人称”――彼女自身の名前で呼ぶ者が、少なからずいた。

また今この高校にいる、生徒の中にも同じような女子を、涼子はよく見かける。

しかし涼子は二十六年間の人生において、自分のことを示す際には常に『私』――“一人称”で通してきた。

自分のことを『涼子』と名前で呼んだことは、ただの一度もなかった。

言うまでもなくその理由は、自分の『柄ではなかった』からだ。

“真面目”(と、自分では思っている)で、“清楚”(と、周囲から思われている)、そして“真面目”で“清楚”であるが故に――とても自分の『柄ではなかった』からだ。

               ☆☆☆☆☆

さらに言えば、現在の涼子は二十六歳で、教師というそれなりに“お堅い”職業に就いている。

もしかしたら“様”になっていたかも知れない、十代の頃ならいざ知らず、『二十六歳の教師』が自分のことを名前で呼ぶのは――少なくとも涼子にとっては“ハードルが高かった”。

しかも――“生まれて初めて”、“教え子の前で”、である。

               ☆☆☆☆☆

やがて――長く沈黙した後、涼子は心中で、呻いた。

(む、無理よ……そんな無理、言わないでよ……そんなこと――出来る訳、ないわ――ッ!)

しかしながら、そんな不満を声に出して、公然とレンヤに抗議出来ないのは――レンヤの甘い声で『涼子……』と囁かれる魅力もさることながら――単純に“レンヤには逆らえない”という理由の方が、今は大きかった。
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