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駆け込んだのはラブホテル
第9章 帰りたくないと言ってくれ
「……怒る、とか、そういう……」
「守屋さんは、いいんですか」
「いいって、何が」
目を逸らす守屋に、
「……守屋さん」
「はい」
桜木が、不意に動いた。
スーツケースをその場に残し、ふらりと守屋の後ろに回ったかと思うと、とん、と軽い衝撃が守屋の背中にあたった。
突然のことに、守屋は動けなかった。
桜木は、守屋の背中にほんのちょっとだけ肩を凭せて、守屋の体の横にだらりと下がった手首の内側を、その細い指で微かになぞった。
「守屋さんは、このまま帰れるんですか」
聞こえるか聞こえないかぐらいの、か細い声だった。
苦しそうな声だった。
守屋がはっと目を見開く。
また無言の時間が続いた。
守屋が言った。
「……わかって、言ってるんですよね」
「はじめから、そう言ってるじゃないですか」
桜木が返す。声は震えていた。
「僕、我慢できる自信ありませんよ」
守屋の声も、同じぐらい震えていた。
「わかってます」
「……傘、入れていただいてもいいですか」
桜木が頷いて、守屋の袖をちょっと摘まむ。
守屋は桜木のその指を外すと、そのままその手を取って、不器用に手を繋いだ。
指を絡める勇気はなかった。
守屋が桜木の手の甲に回った人差し指で桜木の指の関節をなぞると、桜木は唇をぎゅっと横に弾いて肩を縮めた。
「どこか、泊まれる場所探しましょう」
夜の八時、一つの傘の下で、二人は雨の中を歩き出した。
心臓の音が相手に聞こえているのではないかと心配しているのはお互い様だった。