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妹やその友達と、いろいろあったアノ夏のコト
第8章 土埜の気持ち
例の、一面の闇の中で平均台の上を歩くイメージ。それ自体は同じであるけど、矢野くんと手を繋いだ時から、平均台の幅が広くなったように感じられたのだ。
隣を歩く彼の分だけ広がり、そのイメージが私の中に微かな〝安心〟を生む。今までには決して無かったものだから、そうだと言い切れるほど実感できるはずもない。
それでも、ほんの些細で、今にも消えそうなものに、私は縋ろうとする。
矢野くんは緊張のせいか、手にびっしょりと汗を滲ませていた。でも、まるで不快には思わない。
私の中の眠っていた好奇心が、めきめきと音を立てて起き出していくのが、自分でもよくわかった。
矢野くんは、とある家の前で足を止めると、私に聞く。
「松川さんの家って、どこ?」
「駅前のマンションだよ」
「えっ? じゃあ、まるで逆方向じゃん。なんで、ここまで言わなかったの」
「だって、矢野くんが、一緒に帰ろうって言ったから」
「そ、そうだけど……」
じっと仰ぐと、矢野くんは困ったように頭を掻く。それから目の前の家を仰いだ。
「ここ、僕の家なんだ」
「そう」
「あの、よかったら……だけど」
「なに?」
「さっき話したアニメのブルーレイがあるんだ! 僕の部屋でっ、今から一緒に観ない?」
彼は私ではなく家の玄関を見つめたまま、早口に言う。私の左手を掴む手に、ぎゅっと力がこもった。
「うん、観たいかも」
「え?」
「でも、いいの? 突然で迷惑なんじゃ――」
「だっ、大丈夫!」
矢野くんはそう言って、家の扉を開くと、私の手を引き強引に中へ連れ込む。そして――
「か、家族なら……夜まで、帰らないから」
なぜか息を弾ませると、矢野くんは真顔を向け、私に言うのだった。