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妹やその友達と、いろいろあったアノ夏のコト
第9章 文水の事情

そして――
「こ、高坂さん?」
「あは……なんか、ごめん。急に変なツボに入っちゃった、みたい……」
高坂文水の涙を見たのは、この時が初めてだった。
「大丈夫?」
「うん、平気。単なるノスタルジーなんだ。ほんの、ちょっとだけ。だから、気にしないで」
その時、健気にも作られた笑顔は、とても印象的なものに感じられた。
「はい。じゃあ、質問コーナーはおしまいっと」
彼女は素早く涙を拭うと、また何事もなかったように読書に戻っていく。
「……」
突然の涙の理由は、わからない。だけど俺にも、なんとなくわかることがあった。
それは彼女が、高校時代の淡い失恋に涙したのではないこと。それは純粋に思い出として、語られたことにすぎないのだろう。
恐らく高坂文水は、立ち戻れない過去に涙したのだ。あの頃と違ってしまった、今の自分を重ねて――だとしたら。
「……」
俺は彼女に、なんと言ってあげられるのか?
その答えを見つけられずに、図書館での時間は刻一刻と過ぎ去ろうとしているのだった。

