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紅い部屋
第6章 9月下旬・金曜日━混沌と冒険━
「おはよう」
「ただいま」
「おやすみなさい」
今までただの挨拶でしかなかった言葉が私にとってなくてはならないものになる。
圭吾さんの「おはよう」がないとなかなか布団から出る気が起きないし
「ただいま」がないと、まだ残業をしているのか、身体は大丈夫か心配になり食もすすまない。
「おやすみ」がないと1日が終わった気がせず、なかなか眠れない。
着実に確実に
私の中で圭吾さんの存在が大きくなっていた。
しかし当然ながら圭吾さんとの会話はSM話が殆どだ。
些細な事でもいい、普段の圭吾さんが知りたいのは欲張りだろうか。
趣味はあるのかな
今日は何かあった?食事はいつもどうしてるの?休みの日は何してるの?
…SM以外の話を私とする気はないのかもしれない
背も高くて程よく筋肉質のスマートな身体
清潔感のある端正な顔立ち
モテないはずがないよね
私に時間を割いてくれるのは私がSMを知りたい、と言ったからで私自身に興味があるわけじゃない。
わかってるよ…
私は私の心を騙そうともがいている。
ある"感情"を欺瞞している。
気付かないふりをしている。
*****
2回目に圭吾さんと会ってから2週間ほど過ぎた金曜日。
圭吾さんは今夜は当直な上忙しいらしく、LINEが鳴らない。
会社から一歩出たら誰とも話さない、独りで過ごすことなんて当たり前だったのに
このまま帰っても眠れそうになく、シンさんのバーに行った。
店内はいつもより女性客が多く、賑わっていた。
カウンター内にはシンさんの他にヘルプの男性がいて、手早くドリンクを作っている。
圭吾さんのいつもの席には女性客が2名座っていた。数席空けて等間隔に2人ずつおり、独り客は私だけだった。
シンさんに促され入口に一番近い席に、2人組の女性達に挟まれる形で座った。
両隣ともお酒が入っているからか笑い声もリアクションも大きく時々私の肩にぶつかりそうになる。
…今日は出直した方がいいかなぁ
「あ〜ケイ君と一緒にいた子だよね〜」
左隣にいた女性2人組の内の、グラビアアイドルのように顔もスタイルも良い女性がニッコリ微笑んで声をかけてきた。もう1人は雰囲気が真逆でクールな出来るOLさん風。
気付かなかったが以前にこの店で顔を合わせているようだ。
「今日独り?一緒しよ!」
綺麗に巻いた髪を揺らしながら席を詰めた。