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紅い部屋
第2章 9月上旬・金曜日−広がる世界−
もうどのくらい時間が経っただろう。
私とあまり年齢が変わらないであろう男性が声をかけてきてから。
「私はまだ…お付き合いとか考えていないので…」
強く「興味ないの、向こうに行って!」と言えたら何て楽なんだろう。
内心そう思っている私にお構い無しにLINEの交換を求めてくる。そして香水の匂いを感られるくらいに距離が近い。
向かいのサラリーマンに視線で助けを求める‥が携帯に目を落としていてこちらには気付いていない。
好みではない香水の匂いと、慣れないアルコールを飲んでずっとうつ向いていたせいか、次第に頭がクラクラしてくる。
「すいません、ちょっとトイレ…」
男性の脇をすり抜けて素早く競歩のようにトイレに入った。
個室で座っていると少し楽になってきた。
トイレに入って15分経った。そろそろ出ないと他の利用者に迷惑をかけてしまう。
まだあの男の人がいたらちゃんとはっきり断ろう。
恐る恐る店内に戻ると私が座っていたところにはさっきの男性はいなくなっていた。
諦めてくれたようだ。
「大丈夫?」
店長が心配そうに声をかける。
あのサラリーマンもこっちを見ているが冷たい視線だ。呆れているのかもしれない。
今日はもう帰った方がいいのかも‥
ワイシャツの背中を通り過ぎようとしたとき
「ここ、座ってなよ」
サラリーマンが右手の人差し指でカウンターをカツカツ叩いた。
指の先には私の飲みかけのグラスとバッグが移動されていた。
「俺の隣に座っていれば、ナンパはされないよ」
私は吸い込まれるようにその隣に座った。
「もしかして…アルコール弱い?」
店長が私の顔を覗き込む。
「‥お酒、慣れてないのに空きっ腹に飲んでしまって…お水と、お隣と同じサンドイッチ貰えますか。」
そう言い終えたあと一瞬間ができ、店長がサラリーマンと目を合わせた。
「作ってあげられるかな」
「ケイ君がいいなら」
いそいそと店長はキッチンに下がった。
「もしかして‥常連さんの裏メニュー‥」
「そんな大げさなものじゃないよ。アレンジして作ってもらってるだけだから」
“ケイ君”は切れ長の目を細めて微笑んだ。
「ここのは意外に何でも美味いから、食べてから飲んだ方がいいよ」
「意外に、は余計よ〜」
店長が暖簾から顔だけ出してぷぅとむくれた。
私は自然に笑えていた。