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紅い部屋
第2章 9月上旬・金曜日−広がる世界−
何となく手持ち無沙汰になり、四つ折りにしたおしぼりの端っこをつまみながら、隣席を盗み見た。
無造作に置かれた画面の消えた携帯。腕捲くりしたワイシャツから覗く筋肉質な前腕に何故だかドキドキしてしまう。
「━ここに来る殆どの人は君と同じだと思うから」
その通る声にハッとして顔を上げる。
「きっと探してるものがみつかると思うよ」
頬杖をついたまま、上半身をこちらに向けている顔を思わずまじまじと見つめた。
入口では薄暗くてよくわからなかったが、年の頃は30代後半から40代位だろうか。
薄い唇にキュッと上がった口角。甘い口元とは逆に、少し怖ささえ感じる切れ長の射るような鋭い目つき。
何より、この人から溢れ出ている堂々とした雰囲気に圧倒される。
「は…はい」
私はまた視線を落とし、手前のおしぼりを畳みなおした。
「縛られてみたいなら、シンさんだって出来るよ。お願いすればやってくれるはず」
「いえ…私は…その場限りとかただ興味本位で体験したいとかじゃなくて」鋭い視線を感じる。見られている。
「ちゃんと、この人にって思った方に、心に決めたたった一人の方にお願いしたいんです」
「そう。中には、一見遊びのように見えても、縛られることが心と身体の安定に繋がる、明日日常に戻るために今必要な行為だからここに来て縛られてるってコもいるから。そういうコを見ても誤解しないでね」
「ごめんなさい…あの、差別するつもりはなくて…」
生意気にも線引をしたと思われたかもしれない。慌てて顔を上げると正面から目が合った。
鋭い目が、細く微笑んでいるように見えた。
「器用だねぇ」
そう言って私が折り紙のように折った、おしぼりの花の花弁をなぞるように触れた。
何故かその指の動きから目が離せない。
「チェックしてくれる?」
ケイさんが丁度カウンターに入ってきたシンさんに声をかけた。
ハッと目が覚めたように慌てて腕時計を見るともう22時過ぎている。
「わた、私も精算お願いします!」
荷物をまとめ、シンさんにお礼を言うと、先に出てしまったケイさんを走って追いかけた。