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紅い部屋
第2章 9月上旬・金曜日−広がる世界−

メトロの駅の方へ向かうケイさんの背中を見つけ走った。

「…すみません…あのっ…」
歩くのが早い白いワイシャツの背中が遠ざかっていく。小走りにその姿を追いかける。
「まっ…て」通行人が私を避けて通り過ぎる。
「あの…ケイさん…!」

その背中が立ち止まり振り返った。

「えっと…あの」
情けないことに息切れしてしまいすぐに喋れない。

「どうしたの」

切れ長の目のケイさんに見下ろされて私は固まった。
理由は説明出来ないけど、勢いで追いかけてきてしまいました、とはとても言えない。

「あの…すみません…」

ケイさんがフッと笑いながら周りの邪魔にならないよう道の端に寄るよう促した。

「君は"すみません"が口癖だな。何か悪いことでもしたの?してないなら謝ることないよ」

「すみま…あ、すみません…」
結局すみませんを言ってしまう。私バカだ。

「君もこっち?なら歩きながら話そう」

ハイ、と返事をしたものの何を話したらいいのか言葉が続かない。
無言のままケイさんの一歩後ろをついて歩く。

私は、この人を追いかけてまで呼び止めてどうしたかったのか。
わからない。けど。

改札を抜けたところでケイさんが振り返った。
「俺は代々木方面。君は?」
「私は…こっち…逆です」

あぁ
ここでお別れになってしまう。

「じゃあ、気をつけて」

ケイさんがホームへ下る階段へ向かおうと向きを変えた。

「あの!!次…いつ来ますか?」

「ん?」

「いつ来たらケイさんに会えますか」

少し間をおいて
「約束はできないけど、来週金曜には来れるかな」

よかった、割りと早くにまた会える。
「また…お話聞かせてもらえませんか」

ケイさんは目を細めた。
「今日話を聞かせてもらってたのは俺の方だよ。また会えたときにね」

そう言うとケイさんは階段を降りて行った。

私は慌てて反対側の階段をかけ降りた。
反対側のホームにケイさんが携帯片手に立っていた。
さすがにここから声はかけられない。

電車が到着します、と機械的なアナウンスが流れる。

ケイさんが顔をあげ、目があった。

瞬間、息が止まった。

ケイさんはまた目を細めるとじゃあ、と片手を挙げた。

銀色の電車がケイさんを連れて行って、ホームには誰も残っていなかった。


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