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君と偽りのドライブに
第5章 1‐4:手
「……有紗」
彼の声は掠れていた。
「恋人なら、慣れとかなきゃでしょ」
私の声は、ちゃんと平然と聞こえていただろうか。
哲弥は、今週末だけ付き合ってほしい、と言ったのだ。
付き合っている振りをしてほしい、ではなく。
だから今、私は哲弥の恋人だ。
彼は、私の腕を振り解きはしなかった。
私たちはそのまま車まで戻った。
正直、心臓が痛いぐらいに緊張していた。
車に辿り着いて腕を離すときほっとしたぐらいだった。
私が助手席に乗り込むと同時に、哲弥が運転席に座る。
シートベルトを締める直前、哲弥の声が私の手を止めた。
「有紗」
隣の彼を見ると、彼は目を泳がせて、それから思い切ったように自分の手を私の手に重ねた。
彼の手は熱く、少し汗ばんでいた。
それ以上、特にどうということはなかった。
「悪い」
彼の手はすぐに離れた。
彼はもう二度とこちらを見なかったし、私も何も訊けなかった。
エンジンを掛けると同時に鳴り出したラジオの音が、やけに場違いだった。
そのまま車はまた静かに動き出す。
彼がぽつりと、花屋にでも寄るかと呟いた。