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君と偽りのドライブに
第14章 2‐3:恋人
キスをされたと気づいたのは、彼の顔が離れた後だった。
はじめて触れた彼の唇は、少しかさついていて、けれど柔らかかった。
かがんでずり落ちた彼の黒縁眼鏡が私の頬に当たって、冷たい感触がした。
びっくりして動けない私に、彼はそっとドアを預け、何も言わずに運転席側に回る。
そのまま彼は車に乗り込んでくるのかと思っていた。
私の金縛りが解けるのに、何秒――何十秒あったのだろうか。
我に返って運転席側を振り向くと、彼はそこに座っていなかった。
身を乗り出して運転席側のシートに手を付き、窓から外を覗き込むと、ドアのノブに手を掛けたまま、しゃがみ込む哲弥がそこにいた。
「……哲弥?」
ドア越しの私の声は聞こえていただろうか。
やがて彼はゆっくり立ち上がり、ドアを開けた。
私が助手席に居直ると彼は運転席に座り、エンジンを掛けた。
「大丈夫?」
「……なんとか」
哲弥がサイドブレーキを外すと、ピピ、と車に怒られる。
「有紗、そっち半ドア」
「あ、ごめん」
さっき、ドアをちゃんと閉めなかったのを忘れていた。
……私もちょっと、動揺しているかもしれない。
彼は周囲の確認をする間も、私と決して目を合わさなかった。
やがていつも通り、車は流れるように走り出し、次の目的地に到着するまで彼は一言も発しなかった。
私も何も話さなかった。